“カロリーメイトのでんぷん質を最初はコーン原料で臨床試験してたら、日本人の患者はなぜか小腸であんまり吸収出来なくて、米原料のモノに変えたら途端に吸収出来たってハナシを読んで日本人は本当に米が好きだなぁと関心した。”
“カロリーメイトのでんぷん質を最初はコーン原料で臨床試験してたら、日本人の患者はなぜか小腸であんまり吸収出来なくて、米原料のモノに変えたら途端に吸収出来たってハナシを読んで日本人は本当に米が好きだなぁと関心した。”
“生きているあいだは偶然に翻弄され、みんな等しく死んでいく。そして、やがて人類も滅亡し、数十万年の人類の記憶は近い将来宇宙から完全に消滅する。”
“生きているあいだは偶然に翻弄され、みんな等しく死んでいく。そして、やがて人類も滅亡し、数十万年の人類の記憶は近い将来宇宙から完全に消滅する。”
“ コストロ:アメリカのような国で子どもを育てて教育を受けさせると、「この学校に入るためにこれをやらなくちゃ。いい成績を取るためにあれをやらなくちゃ。目標の点数を取らなくちゃ」と走り続けることになる。期待に応え、期待を超えられるように、常に訓練される。 そして世の中に出てみると、期待など存在しない。人生があるだけだ。人生とは、常に期待に応え、超えることではない。今を生きることなのだ。自分自身のために、友人たちのために生きることだ。そうすれば、いい人生になるだろう。 ” 「批判を受け流す方法」
“
コストロ:アメリカのような国で子どもを育てて教育を受けさせると、「この学校に入るためにこれをやらなくちゃ。いい成績を取るためにあれをやらなくちゃ。目標の点数を取らなくちゃ」と走り続けることになる。期待に応え、期待を超えられるように、常に訓練される。
そして世の中に出てみると、期待など存在しない。人生があるだけだ。人生とは、常に期待に応え、超えることではない。今を生きることなのだ。自分自身のために、友人たちのために生きることだ。そうすれば、いい人生になるだろう。
”
「批判を受け流す方法」
“そもそも「実働能力の低い人でも無理なく仕事が遂行できるようにする」ってのがマネジメントであって、「実働能力の高い人基準で仕事やらせたら能力低い人が潰れました」って、マネジメント失敗してるっていうかハナからマネジメントになってねぇ。”
“そもそも「実働能力の低い人でも無理なく仕事が遂行できるようにする」ってのがマネジメントであって、「実働能力の高い人基準で仕事やらせたら能力低い人が潰れました」って、マネジメント失敗してるっていうかハナからマネジメントになってねぇ。”
“ 比べるのは、「昨日のわが子」。これを忘れないために。 「Appleになれない日本のメーカーはダメ」とか、「北欧並の社会保障がない日本はクソ」といった主張を耳にするたび、苦笑しながら自戒する。同じ愚を犯していないだろうかと自問する。近所で/クラスで/学年で、一番デキる子と比べ、「○○ちゃんを見習って…」と子どもを責める馬鹿親にならないために。 転職の自由はアメリカと比較され、 仕事を休む自由はドイツと比較される。 社会保障の充実はスウェーデンと比較され、 バカンスの充実(と長さ)は
“
比べるのは、「昨日のわが子」。これを忘れないために。
「Appleになれない日本のメーカーはダメ」とか、「北欧並の社会保障がない日本はクソ」といった主張を耳にするたび、苦笑しながら自戒する。同じ愚を犯していないだろうかと自問する。近所で/クラスで/学年で、一番デキる子と比べ、「○○ちゃんを見習って…」と子どもを責める馬鹿親にならないために。
転職の自由はアメリカと比較され、
仕事を休む自由はドイツと比較される。
社会保障の充実はスウェーデンと比較され、
バカンスの充実(と長さ)はフランスと比較される。
国内総生産は中国と比較され、
国民総幸福はブータンと比較される。
イイとこと見たらアラも目立つ。
にもかかわらず、己が主張をオっ立てて、
「○○と比べて日本はダメだ」を連呼する。
日本のスーパーのトマトは、「桃太郎」と「プチトマト」しかないという。イタリアは何十種類もトマトがある。だから日本の食は貧しいと嘆く話がある。もう分かるね、どこが可笑しいか。
「○○ちゃんを見習って算数を勉強なさい!」
「スイミングスクールは△△ちゃんを目標に!」
「□□さんボランティアで表彰されたんだって!」
なんてワメくバカ親といっしょ。他人と比較して、子どものダメ出しを正当化する。否定により優位に立とうとする。この態度、詭弁術としては正しいが、見習って欲しくない。子どもは、親の言うことなんて聞かないが、親の真似は恐ろしいほど上手い。うっかりすると、真似される。
というか、その会社の社員の扱いのクソ具合を知ってるか? その国の強盗の発生率を知ってるか? 日本を叩くためにiPhoneと北欧の社会保障「だけ」持ち出す人は、そんな馬鹿親に育てられたんだと考えることにしようそうしよう。
いっぽうホッとしてもいる。そんな馬鹿親に育てられたにもかかわらず、「○○と比べてダメな自分」に気づいてないから。もし気づいてしまったら、恥ずかしさのあまり自壊しかねないから。
大事なことなので、もう一度。比べるのは、「昨日のわが子」。
”
“陸中二戸にのへ郡の深山で、猟人が猟に入って野宿をしていると、不意に奥から出てきた人があった。 よく見ると数年前に、行方不明になっていた村の小学教員であった。ふとした事から山へ入りたくなって家を飛び出し、まるきり平地の人とちがった生活をして、ほとんと仙人になりかけていたのだが、或る時この辺でマタギの者の昼弁当を見つけて喰くったところが急に穀物の味が恋しくなって、次第に山の中に住むことがいやになり、人が懐かしくてとうとう出てきたといったそうである。それから里に戻って如何したか。その後の様子は今ではもう何ぴ
“陸中二戸にのへ郡の深山で、猟人が猟に入って野宿をしていると、不意に奥から出てきた人があった。
よく見ると数年前に、行方不明になっていた村の小学教員であった。ふとした事から山へ入りたくなって家を飛び出し、まるきり平地の人とちがった生活をして、ほとんと仙人になりかけていたのだが、或る時この辺でマタギの者の昼弁当を見つけて喰くったところが急に穀物の味が恋しくなって、次第に山の中に住むことがいやになり、人が懐かしくてとうとう出てきたといったそうである。それから里に戻って如何したか。その後の様子は今ではもう何ぴとにも問うことができぬ。”
柳田国男 山の人生
"“おまえは化学をならったろう。 水は酸素と水素からできているということを知っている。 いまは誰だってそれを疑いやしない。 実験して見るとほんとうにそうなんだから。 けれども昔はそれを水銀と塩でできている と言ったり、水銀と硫黄でできているといったり、いろいろ議論したのだ。 みんながめいめいじぶんの神様がほんとうの神様だというだろう。 けれどもお互い他の神様を信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。 それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。 そして勝負がつかないだろう。 けれども、
"“おまえは化学をならったろう。
水は酸素と水素からできているということを知っている。
いまは誰だってそれを疑いやしない。
実験して見るとほんとうにそうなんだから。
けれども昔はそれを水銀と塩でできている と言ったり、水銀と硫黄でできているといったり、いろいろ議論したのだ。
みんながめいめいじぶんの神様がほんとうの神様だというだろう。
けれどもお互い他の神様を信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。
それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。
そして勝負がつかないだろう。
けれども、もしおまえがほんとうに勉強して、実験でちゃんとほんとうの考えとうその考えとを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も化学と同じようになる。”
―宮沢賢治「銀河鉄道の夜」第3稿
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の中で僕が一番好きだといっても過言ではないシーンがこのブルカニロ博士の演説なのだが、昨日稚内の青少年団(仮)と話していて、一般的に知られている原文の中にはそのくだりがないことを知っておどろいた。というか全体的に僕の知っている銀河鉄道とはかなり印象のちがう話なのだということを知ってポカンとしてしまった。
最初は僕が何か別の小説と混同してるのかと思ってたけど、少年たちが調べてくれたところによるとどうも何回か改稿されているんですね。僕が若かりし頃すでに古めかしい装丁だったその本を読んだときは、第3稿なるものが岩波から刊行されていたらしい。はじめて知った。
こんなところでまで連中とジェネレーションギャップを感じさせられるとは。さすが新成人!でも個人的にはこんなすばらしい一文を知らずに銀河鉄道は語れないんじゃない?と思ってるので、なんか逆に得した気分。
最終稿版を借りたので読んでみよう。"
“ あなたがなにをしてみせようと、 なにを言おうと、 人びとの記憶にはまず残らないが、 どういう気持ちを与えたかだけは ずうっと残る。 ”
“
あなたがなにをしてみせようと、
なにを言おうと、
人びとの記憶にはまず残らないが、
どういう気持ちを与えたかだけは
ずうっと残る。
”
"東京の政府が沖縄を犠牲の羊として考えて痛みを感じないように、 アメリカは、日本を犠牲の羊として考えて痛みを感じない。 東京の政府はこの二重構造をどう考えるのだろう。 沖縄から見れば日本は醜く 日本から見ればアメリカは醜い 弱者を踏みつけにする醜悪な権力である アメリカから見れば日本は愚かであり 日本から見れば沖縄は愚かである 金で動き、民主主義も形だけである" 一部語弊はあるが、言いたいことは分かる。
"東京の政府が沖縄を犠牲の羊として考えて痛みを感じないように、
アメリカは、日本を犠牲の羊として考えて痛みを感じない。
東京の政府はこの二重構造をどう考えるのだろう。
沖縄から見れば日本は醜く
日本から見ればアメリカは醜い
弱者を踏みつけにする醜悪な権力である
アメリカから見れば日本は愚かであり
日本から見れば沖縄は愚かである
金で動き、民主主義も形だけである"
一部語弊はあるが、言いたいことは分かる。
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一部語弊はあるが、言いたいことは分かる。
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"何が問題なのか?
それは中国の軍事施設建設が、中国の領域外で行われているどうかではない。
軍事施設を建設し、周辺諸国や世界に対し、軍事的脅威と圧力を増大させようとしている中国が問題なのである。
しかし、そのような中国に対する米国の今回の介入はもっと問題なのである。
米国の軍事的介入は、いかなる意味でも正統性はない。
それは、米国が南沙諸島の12カイリ(国際法に定める領海)以内に米軍機や艦船を派遣する方針を示し、中国との戦いも辞さずと宣言したからではない。
そもそも米国は、自国の領域とはおよそ無関係な遠い世界の隅々にまで軍事基地をつくり、空母を泳ぎ回らせ、世界を軍事的に制圧してきた。
今回の中国の南沙諸島沖の軍事施設建設に、なぜここまで米国が強く反対するのか。 それは、米国の空母や潜水艦が我が者顔にアジアの海域を行き来することが、牽制されるからなのだ。
中国が軍事的に増長しているというなら、米国はとっくの昔に増長し、しかも中国よりはるかに傲慢であり続けた。
中国から言わせれば、米国は自分の縄張りである中東や中南米に専念していろ、それもままならないのに、アジアまで出しゃばるな、引っこんでいろ、ということだ。
はじめてこういう事が言える国がでてきたのだ。
さぞかし米国は頭に来ているに違いない。"
しかし米中は決して戦わない。9月の習近平主席の訪米で手打ちが図られる。
しかし米中は決して戦わない。9月の習近平主席の訪米で手打ちが図られる。
"今回の戦争法案パッケージであるが、 何がどう変わったか、そしてなぜ変えたいのかについては、分かるように思う。 つまりは、アメリカにお金がなくなったし、現代戦では戦争から帰ってからあとのPTSDなどの被害が大きい、日本はお金も軍人も出しなさいということなのだろう。 そのようにアメリカから指令があれば、マスコミを動員して国民を洗脳する。そしてそれは成功する。大規模な反対が起こることもない。現在すでに大政翼賛マスコミである。 そのようなアメリカからの指令はクリントン国務長官が辞めたあたりからのことで、中東
"今回の戦争法案パッケージであるが、
何がどう変わったか、そしてなぜ変えたいのかについては、分かるように思う。
つまりは、アメリカにお金がなくなったし、現代戦では戦争から帰ってからあとのPTSDなどの被害が大きい、日本はお金も軍人も出しなさいということなのだろう。
そのようにアメリカから指令があれば、マスコミを動員して国民を洗脳する。そしてそれは成功する。大規模な反対が起こることもない。現在すでに大政翼賛マスコミである。
そのようなアメリカからの指令はクリントン国務長官が辞めたあたりからのことで、中東の軍事的緊張を操る方針を捨てて、アジアの軍事的緊張を高めて、経済的にも政治的にも軍事的にも、中国と手を握る形で世界に君臨しようという方針に転換している。
東京の政府が沖縄を犠牲の羊として考えて痛みを感じないように、
アメリカは、日本を犠牲の羊として考えて痛みを感じないのである。
東京の政府はこの二重構造をどう考えるのだろう。
アメリカは日本という敗戦国を真のパートナーとして考えることがあるだろうか。そんなはずはない。
アメリカとの同盟関係を守るために戦争に行くのだという。アメリカはここ数十年、どのような戦争をしてきたか忘れたのだろうか。アメリカまたは国連はほんとうに良い友だちなのだろうか。そんなはずはない。
また、後方支援をするのであって、戦闘地域には行かないから「安全だ」というような荒唐無稽な話も聞かれる。
アメリカとの同盟関係を守るために戦争に行くのだという。アメリカはここ数十年、どのような戦争をしてきたか忘れたのだろうか。アメリカまたは国連はほんとうに良い友だちなのだろうか。そんなはずはない。
また、後方支援をするのであって、戦闘地域には行かないから「安全だ」というような荒唐無稽な話も聞かれる。
後方支援を攻撃してロジスティクスを断ち切るというのは基本戦略だろうと思う。
しかも、その運び屋さんは原則相手を攻撃しないで退去するというならば、安心して攻撃して略奪すると思うがどういうものだろうか。
しかも、その運び屋さんは原則相手を攻撃しないで退去するというならば、安心して攻撃して略奪すると思うがどういうものだろうか。
現状では話をしている間に賛成派も実はあまり深くは考えていないことを露呈してしまっている。
安全な地域に留まって後方支援するというのだが、そのような発言をする政府の軍隊を攻撃しろと命じられた部隊は、大喜びだろう。昇進確実である。
そしてさらに醜いのは、今回のことで一儲けしようと考えている人々がいることである。これは今後次第に明らかになる資金の流れを見れば検証できるだろう。
戦争というものは人を醜くするが、戦争準備の段階ですでに充分に人々は醜い。
こうした一連の流れに抵抗し、断ち切るのは難しい。なぜなら戦争を準備する側には資金があるからだ。平和のためにお金を出そうという人は残念ながら少ない。戦争準備と戦争そのものは商売になる。平和活動は商売にならない。だから戦争賛成勢力と平和賛成勢力が対立した場合には戦争賛成勢力が勝つことが多い。一部分は人間の本性でもあるだろうが。
戦争の悲惨さを知る人が少なくなり、貧乏になってみると、たまに戦争もする普通の国になろうと考える人が増えるのは理の当然である。それを阻止するのは人間の聡明さであると思うが、歴史の現段階では、人間はまだ未開人のようである。
挑発発言をして、軍事的挑発をして、緊張を高め、そのことで国内統治を容易にする。しかし少しは本当に戦争をしないと嘘がバレるので、少しだけ戦争をする。そのうち軍部が力を持ちすぎるようになる。国民は支配され、自国の軍部から大きな被害を受ける。
戦争屋が戦争を仕組むためには、資源争奪とか交通の要衝確保とかの理由がもっともらしい。
戦争絵画とか戦争音楽があるのだが、それなりのものでしかない。
映画になると戦争映画は多い。資金のないときでもどこかから戦争映画の資金は出てくるらしい。
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志位和夫委員長 「(前略)日本の戦争が、間違った戦争か、正しい戦争が、その善悪の判断を聞いたのですが、まったくお答えがありませんでした。この問題は70年前に歴史が決着をつけています。戦後の日本は、1945年8月、ポツダム宣言を受諾して始まりました。ポツダム宣言では、日本の戦争についての認識を2つの項目で明らかにしています。1つは第6項で、「日本国国民を欺瞞し、これをして、世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力および勢力を永久に取り除く」と述べています。日本の戦争について、世界征服のための戦争だっ
志位和夫委員長 「(前略)日本の戦争が、間違った戦争か、正しい戦争が、その善悪の判断を聞いたのですが、まったくお答えがありませんでした。この問題は70年前に歴史が決着をつけています。戦後の日本は、1945年8月、ポツダム宣言を受諾して始まりました。ポツダム宣言では、日本の戦争についての認識を2つの項目で明らかにしています。1つは第6項で、「日本国国民を欺瞞し、これをして、世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力および勢力を永久に取り除く」と述べています。日本の戦争について、世界征服のための戦争だったと明瞭に判定しています。日本がドイツと組んで、アジアとヨーロッパで世界征服の戦争へ乗り出したことへの厳しい批判です。今ひとつポツダム宣言は、第8項で、「カイロ宣言の条項は履行されるべく」と述べています。カイロ宣言とは、1943年、米・英・中の3国によって発せられた、対日戦争の目的を述べた宣言ですが、そこでは「3大同盟国は日本国の侵略を制止し罰するため今日の戦争を行なっている」と、日本の戦争について「侵略」と明瞭に規定するとともに、日本が暴力と強欲によって奪った地域の返還を求めています。こうしてポツダム宣言は、日本の戦争について、第6項と第8項の2つの項で、「間違った戦争」だという認識を明確に示しています。総理にお尋ねします。総理はポツダム宣言のこの認識をお認めにならないのですか?端的にお答えください」
安倍晋三首相 「ま、この、ポツダム宣言をですね、我々は受諾をし、そして敗戦となったわけでございます。そして今、え~、私もつまびらかに承知をしているわけではございませんが、ポツダム宣言の中にあった連合国側の理解、たとえば日本が世界征服をたくらんでいたと言うこと等も、今ご紹介になられました。私は、まだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから、今ここで直ちに、それに対して論評することは差し控えたいと思いますが、いずれにせよですね、いずれにせよ、まさに、先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがあるわけありまして、我々はそのことは忘れてはならないと、このように思っております」
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ポツダム宣言条文 全訳
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ポツダム宣言条文 全訳
(原文:http://www.ndl.go.jp/constitution/e/etc/c06.htmlまたは <PDF>http://afe.easia.columbia.edu/ps/japan/potsdam.pdf) |
ポツダム宣言条文 全訳 | |||||||||||||||||||||||||||
日本降伏のため確定条項宣言 ポツダムにて 1945年7月26日発出 <Proclamation Defining Terms for Japanese Surrender Issued, at Potsdam, July 26, 1945>
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「安全が確保されている場所で後方支援をする」「支援部隊は重武装をしていない。戦闘に巻き込まれることがなるべくないような地域を選ぶのは当然」「戦闘が起こったら速やかに作業を中止、あるいは退避する」
「安全が確保されている場所で後方支援をする」「支援部隊は重武装をしていない。戦闘に巻き込まれることがなるべくないような地域を選ぶのは当然」「戦闘が起こったら速やかに作業を中止、あるいは退避する」
改めて言うまでもないが、米軍の戦争に進んで「巻き込まれる」のが集団的自衛権の本質だ。「戦争に巻き込まれる」ことを想定して、議論しなければならないのに、安倍首相はそれを認めない。集団的自衛権が抑止力になって戦争は起こらないという一点張りだ。
改めて言うまでもないが、米軍の戦争に進んで「巻き込まれる」のが集団的自衛権の本質だ。「戦争に巻き込まれる」ことを想定して、議論しなければならないのに、安倍首相はそれを認めない。集団的自衛権が抑止力になって戦争は起こらないという一点張りだ。
"吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を解説した丸山真男の文章の中の、知識と倫理のあり方をめぐる教育論だった。頭がいいことと頭が悪いこと、人格がいいことと悪いこと、この二つは決して無関係ではなくて、密接に関係した問題であることを二人の討論は示していた。世界の客観的認識というのは、どこまで行っても主体のあり方の問題と分かちがたく結び合わさっているのだと丸山真男は言っている。つまり、主体の倫理的な態度を欠くとき、客観的認識というものは得られないのだと。今回の問題は、安倍晋三だけでなく、一人一人に突きつけられた
"吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を解説した丸山真男の文章の中の、知識と倫理のあり方をめぐる教育論だった。頭がいいことと頭が悪いこと、人格がいいことと悪いこと、この二つは決して無関係ではなくて、密接に関係した問題であることを二人の討論は示していた。世界の客観的認識というのは、どこまで行っても主体のあり方の問題と分かちがたく結び合わさっているのだと丸山真男は言っている。つまり、主体の倫理的な態度を欠くとき、客観的認識というものは得られないのだと。今回の問題は、安倍晋三だけでなく、一人一人に突きつけられた問題であり、それぞれが考えて、戦争の歴史についての善悪の判断を出さなくてはいけない問題なのだ。ポツダム宣言をあらためて読み直すことが、国民一人一人に求められているのである。
「コペル君というあだ名の由来であるこの事例の意味づけは全編の主要主題として流れているのですが、地動説は、たとえそれが歴史的にはどんなに画期的な発見であるにしても、ここではけっして、一回限りの、もう勝負が決まったというか、けりのついた過去の出来事として語られてはいません。それは、自分を中心とした世界像から、世界の中での自分の位置づけという考え方への転換のシンボルとして、したがって、現在でも将来でも、何度も繰り返される、また繰り返さなければならない切実な『ものの見方』として提起されているのです。(略)地動説への転換は、もうすんでしまって当たり前になった事実ではなくて、私達ひとりひとりが、不断にこれから努力して行かねばならないきわめて困難な課題なのです。そうでなかったら、どうして自分や、自分が同一化している集団や『くに』を中心に世の中が回っているような認識から、文明国民でさえ今日も容易に脱却できないでいるのでしょうか。つまり、世界の『客観的』認識というのは、どこまで行っても私達の『主体』の個の側のあり方の問題であり、主体の利害、主体の責任とわかちがたく結び合わされているのだ、ということを、著者はコペルニクスの『学説』に託して説こうとしたわけです」(岩波文庫 P.317)。ここでの「地動説」は、ポツダム宣言に読み替えられる。ポツダム宣言は、決して過去の歴史の問題ではないのだ。"
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なつかしいコペル君。
私の現状認識で言えば、
頭がいいことと頭が悪いこと、人格がいいことと悪いこと、この二つは決して密接に関係しているものではない。
いろいろな組み合わせがあるだけだ。
Once upon a time in America-Ennio Morricone
https://www.youtube.com/watch?t=32&v=D4W17gTumi8
https://www.youtube.com/watch?v=acgVUCe1Y0M
https://www.youtube.com/watch?v=PuyYc0gINbU
エリザベス・マクガバンはダウントン・アビーでおなじみ
https://www.youtube.com/watch?v=RHCiH-4I_T4
https://www.youtube.com/watch?v=acgVUCe1Y0M
https://www.youtube.com/watch?v=PuyYc0gINbU
エリザベス・マクガバンはダウントン・アビーでおなじみ
https://www.youtube.com/watch?v=RHCiH-4I_T4
医療・健康情報が氾濫する中、「誤った情報」を持つ患者は増えており、患者の質問で最も多いのは、テレビ番組に関するもので、その影響力は大きいが、「最も信頼できない情報源は、テレビ番組」……。m3.com意識調査で「患者の医療・健康情報、正しい?間違っている?」をテーマに聞いたところ、時に誤った情報を持つ患者への対応に、医師をはじめとする医療者が対応に苦慮している現状が伺える結果になりました。 「誤った医療・健康情報を持つ患者」は、「増えていると思う」との回答は、医師会員の計78%、医師以外の会員の80%
医療・健康情報が氾濫する中、「誤った情報」を持つ患者は増えており、患者の質問で最も多いのは、テレビ番組に関するもので、その影響力は大きいが、「最も信頼できない情報源は、テレビ番組」……。m3.com意識調査で「患者の医療・健康情報、正しい?間違っている?」をテーマに聞いたところ、時に誤った情報を持つ患者への対応に、医師をはじめとする医療者が対応に苦慮している現状が伺える結果になりました。
「誤った医療・健康情報を持つ患者」は、「増えていると思う」との回答は、医師会員の計78%、医師以外の会員の80%に上ります(Q1)。テレビ番組のほか、インターネットなど情報源が多様化したことが、一因と言えます。
患者から、「医療・健康のテレビ番組に関する質問」を受ける頻度は、医師会員の場合は、週1回以上が計25%、月1回以上は計72%(Q2)。これに対し、「医療・健康の一般向け雑誌・書籍、ネットに関する質問」を受ける頻度は、週1回以上が計17%、月1回以上は計61%と下がり、テレビ番組の影響が大きいことが分かります(Q4)。
ご自身が「医療・健康のテレビ番組をチェックするか、観ているか」を聞いたところ、「チェックし、よく観る」「チェックはするが、観ないこともある」の合計は、医師会員の30%、医師以外の会員では55%(Q3)。一方、「チェックもしない」も医師会員では4割いるなど、医師の間でも回答が分かれました。自身の専門分野が取り上げられやすいか否かでも、テレビ番組への関心の高さは異なってくると思われます。
一般向けの各メディアの中で、「最も医学的に信頼できる」のは、1位が「書籍」(Q5)。ただし、医師会員では、「分からない」との回答が半数を超えており、「信頼できるメディアが見当たらない」のが現状と言えます。反対に、「最も医学的に信頼できない」のは、トップが「テレビ番組」で、医師会員の45%、医師以外の会員の30%を占めました(Q6)。