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鬱になりやすい体質の人は 自分の人生の中でよかった場面を忘れる 自分を助けてくれた人を忘れる 自分が助けてあげて感謝された人を忘れる なににつけても良かったことを忘れてしまう そして思い出すのは良くなかったこと、 辛かったこと、忘れたかったこと、自信をなくすこと、 裏付けもないのに他人に言われた一言など だから、自分が鬱になった時に、いいことを思い出せるように、 自分の人生でよかった場面を、あらかじめ書いておくこともいいことだと思う

鬱になりやすい体質の人は
自分の人生の中でよかった場面を忘れる
自分を助けてくれた人を忘れる
自分が助けてあげて感謝された人を忘れる
なににつけても良かったことを忘れてしまう

そして思い出すのは良くなかったこと、
辛かったこと、忘れたかったこと、自信をなくすこと、
裏付けもないのに他人に言われた一言など

だから、自分が鬱になった時に、いいことを思い出せるように、
自分の人生でよかった場面を、あらかじめ書いておくこともいいことだと思う

それが鬱の薬になりそうな気がする

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絵画療法で思うのだが 言葉で解説してしまうと 解釈は決定してすっきりするのだが 絵画という豊かなものが 言語という痩せたものに還元されてしまう 三次元のものが一次元になってしまう感じだ ーーー 映画の解説があって、とりあえず映画を理解したい場合にはかなり便利だ しかしそれは絵画を言葉で解釈しているのと同じだ 理解が進むのは確かだ 知らない知識もあるし、気がつかない場面の細部もある わかった気分になれる しかし映画も絵画もそれ以上のものだ もやもやとわからない部分があるのもいいものだし 解説にはない自分

絵画療法で思うのだが
言葉で解説してしまうと
解釈は決定してすっきりするのだが
絵画という豊かなものが
言語という痩せたものに還元されてしまう

三次元のものが一次元になってしまう感じだ

ーーー
映画の解説があって、とりあえず映画を理解したい場合にはかなり便利だ
しかしそれは絵画を言葉で解釈しているのと同じだ
理解が進むのは確かだ
知らない知識もあるし、気がつかない場面の細部もある
わかった気分になれる
しかし映画も絵画もそれ以上のものだ
もやもやとわからない部分があるのもいいものだし
解説にはない自分なりの解釈があっても良いと思う


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それまで仲の良かった夫婦が出産とともに夫婦仲に亀裂が入ってしまう”産後クライシス”。新しい家族が増えて嬉しいはずなのに、毎日イライラ 24時間育児に翻弄される女性。夫が仕事が休みでも育児には休みはない すべてにおいて子どもが優先となっていることに対して、妻の自分(夫)への愛情が激減してしまったように感じられたり イクメンと称されているような、すべての事柄を優先して育児に協力的な夫は、実際は少数派 「手伝おうか」は禁句です! 子育ては”手伝う”ものではありません。一緒に子育てをしているという自覚が必

ドラマ「残念な夫」で描かれている産後クライシス。

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それまで仲の良かった夫婦が出産とともに夫婦仲に亀裂が入ってしまう”産後クライシス”。新しい家族が増えて嬉しいはずなのに、毎日イライラ

24時間育児に翻弄される女性。夫が仕事が休みでも育児には休みはない

すべてにおいて子どもが優先となっていることに対して、妻の自分(夫)への愛情が激減してしまったように感じられたり

イクメンと称されているような、すべての事柄を優先して育児に協力的な夫は、実際は少数派

「手伝おうか」は禁句です!
子育ては”手伝う”ものではありません。一緒に子育てをしているという自覚が必要です。

妻は、思い通りにならないことへの適応力を高める。これが子育ての予行練習にもなっている。夫は、理不尽なことを受け止める懐の深さを身につける。

上手に相互理解し合意形成する技術を磨く貴重な時期が、産後クライシスなのだ。
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とのことです。
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うつ病を大きく分類すると三種類 1.疲労の果てのうつ病。一番多い。ストレスの果て、躁状態の果て、統合失調症の陽性症状のあと。 2.精神病のうつ病。これは現実認識がずれているもので、有名なものは、貧困妄想、罪業妄想、心気妄想。それぞれ、お金はあるのに貧乏になってしまったと確信する。罪など犯していないのに申し訳ないことをしてしまった、死んでお詫びをするしかないなどと確信する。自分はがんなどの治らない病気になってしまったと確信する。 3.性格の病理としてのうつ病。これはある程度、環境要因との関わり合いになる。抑

うつ病を大きく分類すると三種類
1.疲労の果てのうつ病。一番多い。ストレスの果て、躁状態の果て、統合失調症の陽性症状のあと。
2.精神病のうつ病。これは現実認識がずれているもので、有名なものは、貧困妄想、罪業妄想、心気妄想。それぞれ、お金はあるのに貧乏になってしまったと確信する。罪など犯していないのに申し訳ないことをしてしまった、死んでお詫びをするしかないなどと確信する。自分はがんなどの治らない病気になってしまったと確信する。
3.性格の病理としてのうつ病。これはある程度、環境要因との関わり合いになる。抑うつ神経症、神経症性うつ病、全般性不安障害、気分変調症、青年期自我漏洩症候群、などの一部がこれに属する。

治療としては2.に対してはドパミン遮断薬。3.については長期に渡るカウンセリング。1.については原因に応じて、ストレスに対処する、躁状態に対処する、統合失調症に対処するなどが必要になる。

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「岡倉天心 ---その内なる敵」松本清張 東京美術学校校長非職騒動、九鬼男爵夫人波津子との灼熱の恋、姪貞との秘められた関係、デーヴィ夫人への愛―。近代日本美術の理論的指導者でありながら、その性格と行動ゆえに数々の「敵」を持った天心。

採録

「岡倉天心 ---その内なる敵」松本清張

東京美術学校校長非職騒動、九鬼男爵夫人波津子との灼熱の恋、姪貞との秘められた関係、デーヴィ夫人への愛―。近代日本美術の理論的指導者でありながら、その性格と行動ゆえに数々の「敵」を持った天心。
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どこかの書評で読んだのだがもう見つけられない
それにしても元気な人だ


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目標があれば人生は輝く 結果を直視すればいつか前進する ライバルがいれば上達は早い

目標があれば人生は輝く
結果を直視すればいつか前進する
ライバルがいれば上達は早い

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子どもへの向精神薬処方について、9年間の変化を調査 医療経済研究機構は1月13日、子どもへの向精神薬処方の経年変化に関する研究結果を発表した。抗精神病薬と抗うつ薬が増加傾向にあり、治験の推進が課題となることが分かったという。この研究は、同研究機構の奥村泰之研究員らが行ったもので、2014年11月25日の「精神神経学雑誌」に掲載された。 子どもへの向精神薬の処方件数は、世界中で増加している。日本における未成年の精神疾患による受診者数は、2002年は95,000人だったが、2008年には148,000人まで

子どもへの向精神薬処方について、9年間の変化を調査
医療経済研究機構は1月13日、子どもへの向精神薬処方の経年変化に関する研究結果を発表した。抗精神病薬と抗うつ薬が増加傾向にあり、治験の推進が課題となることが分かったという。この研究は、同研究機構の奥村泰之研究員らが行ったもので、2014年11月25日の「精神神経学雑誌」に掲載された。

子どもへの向精神薬の処方件数は、世界中で増加している。日本における未成年の精神疾患による受診者数は、2002年は95,000人だったが、2008年には148,000人まで増加。向精神薬を処方される子どもの数も増加していると予想される。

しかし、日本国内において承認されている向精神薬のうち、子どもを対象にしたプラセボ対照無作為化比較試験を経たものは、注意欠如・多動性障害(ADHD) 治療薬である、「アトモキセチン」と「徐放性メチルフェニデート」の2剤のみ。そのため、子どもへの投与に関する有効性や安全性が確立していない向精神薬を、やむを得ず使用していることが考えられる。こうした現状のなか、実際、子どもへ向精神薬(ADHD治療薬、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安・睡眠薬など)がどの程度使用されてきているのかについては、これまで報告がなかった。

抗精神病薬と抗うつ薬の増加傾向、治験の推進が課題
今回の研究では、厚生労働省が実施した2002〜2010年の社会医療診療行為別調査(毎年6月審査分の全国のレセプトを無作為抽出)のデータを二次分析。18歳以下の外来患者、延べ233,399件を分析対象としたという。

2008〜2010年の患者と2002〜2004年の患者と比較した結果、6~12歳ではADHD治療薬は84%増、抗精神病薬は58%増と、増加傾向が認められた。13~18歳では、ADHD治療薬は2.5倍増、抗精神病薬は43%増、抗うつ薬は37%増と、こちらも増加傾向が認められた。この結果により、子どもを対象とした治験が実施されているADHD治療薬だけではなく、抗精神病薬と抗うつ薬の処方割合も増加していることが判明。子どもへの治験の推進が課題と考えられる。

さらに、抗精神病薬を処方された13~18歳の患者のうち、53%は抗不安・睡眠薬、26%は抗うつ薬が併用されていることが判明。また、抗うつ薬を処方された患者のうち、58%は抗不安・睡眠薬、36%は抗精神病薬が併用されていた。アメリカ、ドイツ、オランダで実施された、子どもへの向精神薬間の併用割合は6〜19%と報告されており、日本では併用割合が高くなる理由を検討していく必要があるという。

こうした併用処方の有効性と安全性に関するエビデンスは諸外国においても不足しており、実臨床において、併用処方による長期的な有効性と安全性を把握できるような調査手法を検討することが課題となる。


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マグロなど、水族館で大型魚が相次いで死んでいるとのニュースが流れた直後、「上野動物園で相次ぐ大型動物の死 『ありがとう』別れ告げる来園者」 

「上野動物園で相次ぐ大型動物の死 『ありがとう』別れ告げる来園者」 
(YahooNews・産経新聞 2015/1/18)

上野動物園(台東区)で、このところ大型動物の死が相次いだ。長年、人気を集めてきた動物たちだけに、別れを告げに訪れる来園者たちの姿も見られた。

 9日に死んだのは、スマトラトラの「トップ」(雄、17歳4カ月)。平成9年に同園で3つ子の一頭として生まれ、当時はじゃれ合う姿が人気を集めた。

 繁殖を目指し、14年によこはま動物園ズーラシア(横浜市)に貸し出されたが成功せず、23年に上野に戻った。

 昨年12月22日から餌を食べなくなり、投薬治療をしていたという。死因は腫瘍による多臓器不全だった。飼育下の寿命は20年ほどという。

 トラ舎の前には16日まで献花台が設置され、手を合わせる人の姿が見られた。花束の中には「雄々しい姿を忘れません」「長い間ありがとう。天国で安らかに」などとのメッセージも添えられていた。

 7日朝にはキリンの「コハル」(雌、17歳6カ月)が死んでいるのが見つかった。前日まで全く変わった様子はなかったという。解剖の結果は心不全で、詳しいことは分からなかった。

 米国の動物園で生まれ、11年に多摩動物公園から来園。23年から雄と同居し、繁殖を目指していた。

 昨年11月にはホッキョクグマの「ユキオ」(雄、26歳11カ月)が天国へ旅立っている。国内で飼育中のホッキョクグマでは最高齢。イベントなどでシャケを食べたり、遊具で遊ぶ姿が人気だった。

 ドイツの動物園で生まれ、池田動物園(岡山市)で飼育され、12年に上野に来園。24年に死んだ「レイコ」と仲良く暮らしたが、繁殖にはいたらず、雌の「デア」との間で繁殖を試みる予定だった。

 相次ぐ人気動物の死に、同園教育普及課では、「死因はそれぞれで異なり、関連はない。寒さなど季節的な要因でもないだろう」という。

 同園で飼育するホッキョクグマ、キリンはそれぞれ1頭、スマトラトラは3頭になった。当面、これらの動物が新たに来園する計画は今のところない。

 同課では「悲しみもあるが、ほかの動物やこれから新たに来る動物の飼育につなげていきたい」と、悼んでいる。

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マグロなど、水族館で大型魚が相次いで死んでいるとのニュースが流れた直後の上記ニュース。


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イスラム教徒を挑発する風刺画を描いて イスラム教徒は怒り テロを実行し それにフランス国民は反応し テロ撲滅に立ち上がり 戦争状態を宣言する 戦争屋のシナリオ成功

イスラム教徒を挑発する風刺画を描いて
イスラム教徒は怒り
テロを実行し
それにフランス国民は反応し
テロ撲滅に立ち上がり
戦争状態を宣言する

戦争屋のシナリオ成功

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不思議なことであるが 日本人でイスラム国に参加する人もいるというのに 日本人で沖縄の辺野古強制工事に反対して戦う人がいない これはどういうことだろうか 自分が正しいと信じるものに命を捧げたいと思うなら 実際の行動が生起してもおかしくないと思うのだが その行動をせき止めている何かのメカニズムがあるものと考えられる あらかじめの脱力 その意味では日本の統治能力は高いといえるのだろう それはいつでも自民党と官僚は、米国の意向と国民の意思とに股裂きにあい、 それでもなんとか言いくるめて国民意思を引っ込めさせ

不思議なことであるが
日本人でイスラム国に参加する人もいるというのに
日本人で沖縄の辺野古強制工事に反対して戦う人がいない
これはどういうことだろうか
自分が正しいと信じるものに命を捧げたいと思うなら
実際の行動が生起してもおかしくないと思うのだが
その行動をせき止めている何かのメカニズムがあるものと考えられる

あらかじめの脱力

その意味では日本の統治能力は高いといえるのだろう

それはいつでも自民党と官僚は、米国の意向と国民の意思とに股裂きにあい、
それでもなんとか言いくるめて国民意思を引っ込めさせ、米国決定を実施する
その歴史の積み重ねがあるからだろう
色々なテクニックがあるのだろうが、いつでも米国意思は貫徹されてきた
いつでもそのようにしてきた
今回、辺野古もまた、である

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 IBMはWatsonを「Cognitive Computing」 と呼び、自ら学習し、ヒトと会話できるコンピュータと定義している。Cognitiveとは認知できるという意味。人工知能の中でも、データから意味を把握するという側面に焦点を当てた呼称だ。  具体的には、「Natural Language Processing」(自然言語解析) で言葉を理解し会話する。膨大な非定型データに対し、「Analytics」(解析) を行い知見を得る。過去に行った解析を経験に、学習を重ねていく。Watsonはヒトの言

 IBMはWatsonを「Cognitive Computing」 と呼び、自ら学習し、ヒトと会話できるコンピュータと定義している。Cognitiveとは認知できるという意味。人工知能の中でも、データから意味を把握するという側面に焦点を当てた呼称だ。

 具体的には、「Natural Language Processing」(自然言語解析) で言葉を理解し会話する。膨大な非定型データに対し、「Analytics」(解析) を行い知見を得る。過去に行った解析を経験に、学習を重ねていく。Watsonはヒトの言語を理解し、証拠に基づき仮説を立て、自ら学習していくマシンということができる。

遺伝子解析結果を、医師に代わって被験者に説明するアプリなど。「今日はどれだけ運動すべき?」とか、「月曜日は何杯コーヒーを飲んでもいい?」と質問すると、アプリは質問に回答していく。病院の医師に相談するように、自然な言語でアプリに質問できる。

IBMは1981年にIBM PCでパソコン事業に参入したが、Watson Groupはこれと同等のインパクトがある。人工知能事業が独立したビジネスユニットで展開される。Jeopardy優勝から3年を経て、Watsonがビジネスで活躍できるステージが整った。


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結婚生活に見る文明の衝突または文明格差 結婚前は愛し合っているのである、問題はない 結婚したあとで、家族は文化の継承者になる その時、夫側の文化と妻側の文化の微妙な対立抗争が生じる 明治の結婚のように、男性側が文化的優位で、女性が文化的に同一化する嫁入り婚の形ならば 有無をいわさずであるから問題はあまり起こらない また、女性側が文化的に優位である場合も、たとえば貴族の序列でどちらがどのくらい上かという点で 一次元的に比較可能ならば問題は起こらない 文化的序列には複数の基準があるので難しくなる 大げ

結婚生活に見る文明の衝突または文明格差

結婚前は愛し合っているのである、問題はない
結婚したあとで、家族は文化の継承者になる
その時、夫側の文化と妻側の文化の微妙な対立抗争が生じる

明治の結婚のように、男性側が文化的優位で、女性が文化的に同一化する嫁入り婚の形ならば
有無をいわさずであるから問題はあまり起こらない

また、女性側が文化的に優位である場合も、たとえば貴族の序列でどちらがどのくらい上かという点で
一次元的に比較可能ならば問題は起こらない

文化的序列には複数の基準があるので難しくなる
大げさにたとえていえば京都の公家のしきたりと鎌倉の武家のしきたり、また徳川将軍家は違うものであって
お互いがある面では自分たちのほうが上だと思っている
小さく例えて言えば、三越の課長と、経産省の課長はどちらがどのくらい文化的に優越しているのかということだ
給料なら比較しやすいが、文化的優越は比較しにくい

夫婦が仲良くしているうちは譲り合いもできるのであるが
喧嘩腰になると、この文化の優越を主張するようになる

妻の父親と夫が同じ会社だったりすると、
父があなたの年の頃は部長代理だったとか言い始める

また卒業大学が国立か私立かなども言い争いの種になる

各種の対立する文化が全面的に優越するということはないもので、
部分的に優位、部分的に劣位というのが実際であろうが、
この種のものは、一方が問題にしないとしても、他方が問題にすれば、解決はないのだから、難しい

お互いに主観的に文化的優位を確信している場合は
妥協点が見つからずに苦しいことになるだろう

愛の問題ではなく序列の問題になっている
パワーゲームでありマウンティングの問題である

ピケティ先生が言うように資産所得の格差は縮まらない性質があるので根強い優越感の基礎になるし
また一方で労働所得に関しては個人の才能という点でこれも根強い優越感の基礎になる
ここでもまた異なる優越感のぶつかり合いとなり、決着は付きそうにもない

世間でよくある例は資産家の娘と、稼ぎのいい男性の結婚であるが
どちらも自分の優越を確信しているので、幸せになることは難しい
お互いを尊重する態度が途中までは可能であるが
子供が生まれると、女性と家にとって大切なのは子どもということになってしまう
無論男性の側も適度な程度に婚外恋愛を楽しむことになり場合によっては子供をもうけたりもする

プライドなどという余計なものがあれば
毎日が煩わしくなる典型例である



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南無阿弥陀仏と唱えると浄土に行けるのでこの六字を唱える、と私たちは考えがちである。しかし、そもそも念仏において、その程度の理解だけでは、まだまだ思想的には十分ではないというのだ。「これこれの行為をしたら、こういう結果が待っている」というような思考の仕方は、まだこの世の中をみずからが制御できると思っていることになるからである。他力本願では、ただひたすらに自分が卑小であるという認識からスタートする。小さいからこそ絶対的に他力を恃むのである。そして、自己を極小にしていったその先には、祈る自分というものさえ否定さ

南無阿弥陀仏と唱えると浄土に行けるのでこの六字を唱える、と私たちは考えがちである。しかし、そもそも念仏において、その程度の理解だけでは、まだまだ思想的には十分ではないというのだ。「これこれの行為をしたら、こういう結果が待っている」というような思考の仕方は、まだこの世の中をみずからが制御できると思っていることになるからである。他力本願では、ただひたすらに自分が卑小であるという認識からスタートする。小さいからこそ絶対的に他力を恃むのである。そして、自己を極小にしていったその先には、祈る自分というものさえ否定される地点、さらには祈る者と祈られる者という主体と客体の区別が解体する境地があるというのだ。そのことを柳は、「念仏が念仏する」という境地、というような言い方をしている。

 「念仏が念仏する」とはちょっと難しい言い方だが、柳の民芸運動になぞらえていえば、名もなき職人が、立派な作品を作ろうなどというこざかしい考え方などもつことなく、無心に轆轤を回し、自分が作品を作っているのだか、それとも誰かが自分に作品を作らせているのかわからないぐらいの境地にまで達して、柳の考える「下手でも下手でなくなる」民芸の美は生まれるということなのだろう。


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貧富の差がピケティ先生のNHK白熱教室でも問題になっている ヨーロッパ大陸で貴族が資産を持ちすぎていたので アメリカという新天地を見つけ 最初は資産格差のない社会が始まったのだろう アメリカは時間が経つと資産格差もあるし労働所得格差も大きな社会になった 人間はできるだけ多く儲けたいと思っているものなのだから アメリカで歴史とともに格差が拡大して当然ではないかとも思う 社会の平等を目指して働くというのは社会活動家(または浪費家または博打打ち)というもので 大抵の人は自分の局所的な所得最大化を目指すも

貧富の差がピケティ先生のNHK白熱教室でも問題になっている

ヨーロッパ大陸で貴族が資産を持ちすぎていたので
アメリカという新天地を見つけ
最初は資産格差のない社会が始まったのだろう

アメリカは時間が経つと資産格差もあるし労働所得格差も大きな社会になった

人間はできるだけ多く儲けたいと思っているものなのだから
アメリカで歴史とともに格差が拡大して当然ではないかとも思う

社会の平等を目指して働くというのは社会活動家(または浪費家または博打打ち)というもので
大抵の人は自分の局所的な所得最大化を目指すものだろう
そのような場所があると世界中から人を集めたら、アメリカのように格差の大きい社会になるはずだろう

ある人が人生をスタートするにあたって、ヨーロッパよりもアメリカが平等であった時期があるというだけだ
もちろん、いまではもう、理想的なフロンティアはどこにもない

多国籍企業による世界分割が完了している

ーーー
ソフトバンク社長やファーストリテイリグ社長の場合はオーナー社長で
自分で作った会社だから高収入も理解できる感じはするのだが
日産のゴーンさんなどの場合、とてつもない高収入の理由は何なのだろうかと思ってしまう
会社経営技術を身につけた、特別な階級があって、高収入を得ている感じで、
経営者として『渡り』をするのかと思ってしまう
ローソン社長からの横滑りがあった

そういう世界での付き合いが好きで、破格の高収入が好きならそれでもいいのだろう
庶民としては、別種類の人間が、別種類の価値観で生きているのだと眺めていればいいような気もする

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"最近は下は小学校から上は研究者にいたるまで何かについて意見をまとめて発表するのが流行であり義務である。小学校では、本を宣伝するための「帯」を書かせる活動をやらせているし、研究者はpublishすることがなによりも大事な仕事になっている。「創造」が大事なのだ。しかし、そんな「創造」よりも、知識を無駄にため込んでいるような「偉大なる暗闇」的な存在のほうが、筆者には、「発信型」(なんという無残な言葉だろう)の時代にはかえって尊いような気がしてしまう。バイヤールが創造的であることは大事なことだ、と大真面目に言っ

"最近は下は小学校から上は研究者にいたるまで何かについて意見をまとめて発表するのが流行であり義務である。小学校では、本を宣伝するための「帯」を書かせる活動をやらせているし、研究者はpublishすることがなによりも大事な仕事になっている。「創造」が大事なのだ。しかし、そんな「創造」よりも、知識を無駄にため込んでいるような「偉大なる暗闇」的な存在のほうが、筆者には、「発信型」(なんという無残な言葉だろう)の時代にはかえって尊いような気がしてしまう。バイヤールが創造的であることは大事なことだ、と大真面目に言っているのを読むと、みんなが他人の文章をちゃんと読まずにどんどん「創造」しちゃうから、つまらない読み物が増えてしまうんじゃないんですか、とこちらも真面目に反応してしまう。

本は読めば読むほど、文章は読むものであって書くものではないという意識を読者に植え付け、読者を身動きのとれない状態にしてしまうという。そういう一面があることはたしかに事実で、本は読めば読むほど自分の無知と無能力を思い知らされることがしばしばだ。読書で忙しくて論文を生産しない、あるいは生産できない学者さんはいくらでもいる。"


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才能や結果に対して支払うのか 努力に対して支払うのか

才能や結果に対して支払うのか

努力に対して支払うのか



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分かるということを考えると 先天的に分かっていることが 明確に分かるようになるということしか起こらないような気がする 先天的に分からないことは 結局分かっていないのだろうと思う もともとそのような神経回路があれば理解できるし もともとそのような神経回路がなければ多分、分からないのだろうと思う 新しく回路ができて新しい理解ができるなら 人類は現在の何倍も賢くなっているはずである 相変わらず賢くないのには理由があるだろうと思うのだ

分かるということを考えると
先天的に分かっていることが
明確に分かるようになるということしか起こらないような気がする

先天的に分からないことは
結局分かっていないのだろうと思う

もともとそのような神経回路があれば理解できるし
もともとそのような神経回路がなければ多分、分からないのだろうと思う

新しく回路ができて新しい理解ができるなら
人類は現在の何倍も賢くなっているはずである
相変わらず賢くないのには理由があるだろうと思うのだ


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お金で泣かない老後 「夫婦で9000万円」どう工面 最強の対策は健康で長く働くこと  たいきち 2013年の日本人の平均寿命は男性が80.21歳と、初めて80歳を超えました。女性は86.61歳で2年連続で世界一です。老後のお金を考える際によく使うのは、ある年齢の人が平均してその後何年生きるかを表す「平均余命」です。60歳時点では男性23.14年、女性28.47年となっています。少なくともこれぐらいの長さは想定しておきたいですね。  りこ 男性は83歳、女性は88歳まで生きるということね。  たいきち

お金で泣かない老後 「夫婦で9000万円」どう工面
最強の対策は健康で長く働くこと

 たいきち 2013年の日本人の平均寿命は男性が80.21歳と、初めて80歳を超えました。女性は86.61歳で2年連続で世界一です。老後のお金を考える際によく使うのは、ある年齢の人が平均してその後何年生きるかを表す「平均余命」です。60歳時点では男性23.14年、女性28.47年となっています。少なくともこれぐらいの長さは想定しておきたいですね。

 りこ 男性は83歳、女性は88歳まで生きるということね。

 たいきち 社会保険労務士の森本幸人さんに、60歳の夫と2つ年下の妻がこの年齢まで生きると仮定して必要なお金を試算してもらいました。まずは生活費です。総務省の家計調査では高齢夫婦の無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上)で月約27万円になります。夫が83歳で亡くなるまでの23年間で約7450万円、残された妻1人分の生活費をそれまでの7割として、88歳で亡くなるまでの7年間は約1600万円、合わせて約9050万円です。

 とうしろう 我が家の場合は利子が3つ年下だから、もう少し増えるわけか。90歳や100歳まで生きると考えるなら、もっとお金が必要になるだろう?

 たいきち その通りです。しかも、ゆとりあるセカンドライフを送るには、月に約35万円が必要とのデータもあります。夫婦で旅行やレジャーを楽しみながら余裕のある老後を送りたいなら、さらにお金が必要なわけです。

 りこ でも老後は年金があるし、丸々この金額を用意する必要はないのよね。

 たいきち 公的年金の受取額は夫が会社員、妻が専業主婦という厚生労働省のモデル世帯でみれば、夫婦で現在月約23万円です。夫が65歳からもらい始め、夫の死後は妻が遺族厚生年金(夫の老齢厚生年金の4分の3)をもらうと、夫婦の年金総額は約6000万円です。老齢基礎年金だけの自営業の人などはこれより少なくなります。

 りこ すると、差し引きで3000万円ほど足りないというわけね。

にいさ もしパパが要介護になったら、さらにお金がかかるんじゃないの?

 たいきち 介護が必要になったり、病気になったりすれば別途お金がかかります。ちなみに生命保険文化センターの調査では介護の自己負担額は、用具の購入など一時的なもので平均91万円、月々の費用で7.7万円となっています。期間は平均4年9カ月にも上るので、経済的な負担は大きいです。万が一に備えて退職金などは蓄えておきたいですね。家の改修が必要になったり、車を買い替えたりすれば支出はそれだけ増えます。


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ミャンマーで特産のヒスイの売買が活況を呈している。最大の集散地、中部マンダレーの市場では、深い緑色をたたえた宝石目当ての人波が絶えない。目立つのは中国から訪れた仲買人。旺盛な需要が価格を押し上げ、多くの“ヒスイ長者”を生み出した。「中国人のおかげだ」。潤った層は歓迎するが、国内には隣国の経済支配に対する懸念が根強く、人々の間には不満もくすぶる。

ミャンマーで特産のヒスイの売買が活況を呈している。最大の集散地、中部マンダレーの市場では、深い緑色をたたえた宝石目当ての人波が絶えない。目立つのは中国から訪れた仲買人。旺盛な需要が価格を押し上げ、多くの“ヒスイ長者”を生み出した。「中国人のおかげだ」。潤った層は歓迎するが、国内には隣国の経済支配に対する懸念が根強く、人々の間には不満もくすぶる。

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人間の男性は戦争のために存在しているのではないかと思うことがある 生物の世界を見回しても オスがほぼ無駄に消費されてゆく状況はある 最近は戦争と言っても 兵器戦で装備が大切になっているし さらにはスパイ戦や情報戦が重要になり 必ずしも人類の歴史で続けてきた「戦争」を意味するものでもない 従来の戦争がなくなったので 男性の大部分は役立たずになっているのではないかと思うこともある 1%の富裕層と99%の貧困層と言われることがあるが 確かに男性は1%の生存率で十分であるような気もする 女性は100%いた

人間の男性は戦争のために存在しているのではないかと思うことがある

生物の世界を見回しても
オスがほぼ無駄に消費されてゆく状況はある

最近は戦争と言っても
兵器戦で装備が大切になっているし
さらにはスパイ戦や情報戦が重要になり
必ずしも人類の歴史で続けてきた「戦争」を意味するものでもない

従来の戦争がなくなったので
男性の大部分は役立たずになっているのではないかと思うこともある

1%の富裕層と99%の貧困層と言われることがあるが
確かに男性は1%の生存率で十分であるような気もする
女性は100%いたほうがいいと思うが
しかし最近は人口爆発しているので
戦争で人口を減らすのではなく
晩婚化と少子化で人口を減らすのはとても深い知恵なのかもしれない
しかも自己犠牲的であり、他人に何も強制しないのがエレガントである
ガンジーとかキング牧師などのようだ
非暴力による人口問題解決、しかも自己犠牲の極み



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地震と褥創,外傷,破壊現象

採録 
 
 ここにコップがあるとしよう。これを床に落とした時,破片がどのように飛び散るか予測できるだろうか? 予測できるという立場に立つのが「地震予知は可能」というものであり,完全な予測は不可能という立場に立つと「地震予知は不可能」になるらしい。
 コップと地震,どこに共通点があるかというと,両方とも「破壊現象」だということで一致している。つまり,地震は岩盤とかプレートとか(よくわからないけど)が破壊される現象なのである。

 もしも,完全に同じ材質で形も全く同じコップを2個用意し,落とす高さもミクロン単位で一致させ,コップの傾きも完全に一致させ,もちろん床に落とす場所も完全に一致させたら,1個目のコップの破片の飛び散り方から,2個目の破片の飛散状況を予測できるのかもしれない。しかしこれはあくまでも理想の話であり,コップにほんのわずかな違い(それこそミクロン単位の歪みとかね)があれば,破片の飛び散り方は似ているだろうが,全く同じというわけにはいかないだろう。

 つまり,地震予知とはそういうことらしいのだ。同じコップで,落とす高さもコップの傾きも一致・・・という前提があれば2個目のコップの割れ方を予知できるが,現実の地震では,コップの材質が同じという前提も,床の固さが同じという前提も,落とす高さが同じという前提も通用しない。つまり,1回ごとに地震の起き方が違っているため,「前の地震がこうだったから次もこうなるだろう」という予測は全くできないらしい。要するに,予測の前提となる項目自体が,毎回違っているのである。

 つまり,対象が破壊現象である限り,科学的予測は難しいということになる。

 地震と褥創,外傷の共通点は何かといえば,いずれも「破壊現象」だという点である。褥創の分類や評価法がさまざまあって,それぞれに長短があるのは根本的に,褥創が「破壊現象」であるためなのだと思う。

 例えば交通事故で,右頬部を裂傷し,額に深いすりむき傷があり,右の橈骨が折れ,左の足関節捻挫があり,腰部も打撲している患者の主病名って何なんだろう?
 右手の示指指尖部を切断し,環指の屈筋腱断裂,中指の屈筋腱と神経断裂という場合は,どれが主病名なんだろう?
 大腿部に深い裂傷があり,下腿に広範な挫傷があり,第5趾基節骨が骨折し,第1趾の爪甲剥離があったら,どれを主病名にしたらいいんだろう?

 なぜこんな疑問が生まれるかというと,「外傷は人体への破壊現象」であることに起因していると思う。要するにこの世の中には「全く同じ外傷」は存在しないのだ。部位や深さ,受傷部位の数など,100人の患者がいたら100通りの外傷がある世界だ。
 つまり,外傷を統一的に記述する分類法を作るのは,ガラスのコップの割れ方,破片の飛び散り方を分類するのに似ていないだろうか?

 要するに外傷は変幻自在な存在である。決まった形のないものである。それが「破壊現象」の本質である。



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86歳の老学者はこう吠えた「エコノミストは理論を知らない。経済学者は現場を知らない」 世間はいまだにアベノミクスという幻想に浮かれるのである。京大名誉教授・伊東光春氏(86)の著書「アベノミクス批判 四本の矢を折る」(岩波書店)は、その幻想を徹底的にぶち壊し、現実をむき出しにするものだ。国民は目を覚まさなければならない。 ――世間ではさまざまな専門家がアベノミクスを評価していますが。 エコノミストは理論を知らない。経済学者は現実を知らない。そんなのが新聞社で御用を務めている。理論も現実も知って

86歳の老学者はこう吠えた「エコノミストは理論を知らない。経済学者は現場を知らない」


世間はいまだにアベノミクスという幻想に浮かれるのである。京大名誉教授・伊東光春氏(86)の著書「アベノミクス批判 四本の矢を折る」(岩波書店)は、その幻想を徹底的にぶち壊し、現実をむき出しにするものだ。国民は目を覚まさなければならない。


――世間ではさまざまな専門家がアベノミクスを評価していますが。


エコノミストは理論を知らない。経済学者は現実を知らない。そんなのが新聞社で御用を務めている。理論も現実も知っている日本人はいない。


――アベノミクスには異次元緩和という第1の矢、国土強靭化を大義にした財政出動という第2の矢、成長戦略という第3の矢があるわけですが、全部ダメ?


これに戦後の政治体制の改変という第4の矢が隠されている。アベノミクスはすべてを壊そうとしています。


――まず、第1の矢ですが。


本質的には日銀の国債引き受けです。それをやらないと、予算が組めない。これ以上国債を出すと、国債金利が上がってしまうからです。金利が1%上がれば、予算編成ができなくなる。財務省の役人のクビが飛んじゃう。そこで言うことを聞く人物を日銀総裁にしたのです。


―異次元緩和で投資や消費が増えるもくろみでしたが、うまくいっていませんね。


根拠なき政策効果への期待です。日銀の岩田規久男副総裁は異次元緩和をすると、人々は物価が上がるだろうと考え、設備投資が増加し、景気浮揚の力が働くとしていますが、人々の期待は多様なのです。物価が上がれば、生活が困ると考え、生活を切り詰める人もいるかもしれない。金利が低くなったところで設備投資をするかというと、過去に経済企画庁の企業行動調査は否定的な調査結果を出しています。


――しかし、株価が上がったことで、人々は幻想に惑わされている。


安倍首相は政権に就いた時に、「15年間の長期の不況からの脱却」と言ったでしょう。これにカチンときました。この前提からしてウソだからです。汚染水コントロール発言もそうでしたが、彼は平気でウソをつく。なぜだかわかりますか? すべてが聞きかじりだからですよ。学者の間では2002年からリーマン・ショックまでは好景気だったのは常識です。15年不況と言っていたのは岩田氏だけですよ。


それに日本株が上がったのは政権交代やアベノミクスとは全く関係がないメカニズムが働いたからです。外国人投資家には分散投資に代表される投資原則があって、米国枠、EU枠が決まっている。米国株が上がり、その枠を超えれば、その分は第三国、つまり日本市場に流れてくる。分岐点は2012年6月で、日本株の上昇は野田政権が続いても起こりましたよ。


著書では財政出動の第2の矢もできっこない空手形と書かれていますね。10年で200兆円、1年間で20兆円の国土強靭化政策ですが、国債の累積状況からみてもできる余地はないと。


それなのに、人気取りで法人減税とか言い出すんだからね。税収の減少と支出の上昇の折れ線グラフを「ワニの口」と言いますが、財務省の役人も開いた口がふさがらないと言いたいでしょう。


◆原発売り込みは無責任の極み


――気になるのは、こうした場当たり政策を続けて、どうなるのか? 特に日銀引き受けですよね。いつまで続けるのか。異次元緩和に出口戦略はあるのか? この先どうなってしまうのか。


出口戦略なんて、まったくありません。短期間はごまかしができても長期間はできません。バランスを崩し、大きなインフレーションを起こす。だから、大インフレを経験したドイツは決して、こういうことをやらないのです。


――成長戦略はどうですか? TPPも心配です。


 TPP交渉に参加している10カ国は、地域的にも拡散しており、産業特性、制度、伝統、発展の度合い、所得も異なっています。そんな中で、あらゆる規制をともにできますか。戦後、アメリカは世界経済体制のルールをつくる際、理想主義に燃えていました。それで発足したのが「GATT」ですが、あれは製造業のルールなんです。各国で自然条件の異なる農業、制度が異なるサービス分野は除外した。そこまで一律にしたら、世界は先進国は工業、後進国は農業だけになってしまうからです。そういう根本を押さえておかないといけません。


――安倍首相は原発をトルコに熱心に売り込んでいますね。


無責任の極みですよ。原子力発電の最大の問題は廃棄物の処理ができないことです。福島の除染が行われていますが、汚染物を流して移動しているだけなんですよ。現在、放射性物質を除去する、分解する技術がない。どうにも処理ができないのです。それなのに安倍首相はトルコに原発を売り込む時、「廃棄物はモンゴル高原に埋める」と言ったそうですね。アメリカがIAEAを通じてそう言っていますから、その“口マネ”をしたのでしょうが、モンゴルの同意を得たわけではない。


――福島第1にも行かれたそうですね。


電気事業審議会の委員を20年間やり、福島第1原発の現場の実態を歩いて調べたことがあります。原子力工学の専門家は原子炉の原理はわかっても現場のことはまったくわかりません。


――経済学者と同じ?


電線が30キロメートル、パイプは10キロメートルもあるんですよ。原発を建設した日立、東芝、三菱の技術者以外はわかるはずがありません。資源エネルギー庁もそうです。安倍首相は「政府が責任を持って」と言いますが、できっこありません。


――そこにもってきて、「第4の矢」の危険性です。集団的自衛権の行使容認に踏み切り、戦後レジームの転換に乗り出している。


私は日中国交回復に側面から関係したんです。その経緯をいささかでも知る者として、言っておきたいのは、尖閣列島の領有問題は「棚上げ以外にない」ということです。田中角栄、周恩来とともに、外務省の条約局長として日中国交正常化をやり、後に中国大使になった故中江要介さんがこう言っていました。「先人たちが日中双方で長い友好関係を持続してきた努力を無にしてはならない。政治のトップがナショナリズムに固執してそういうことをしてはならない」と。


――しかし、安倍政権はナショナリズムをあおり、抑止力の重大性を強調し、自衛隊の役割を拡大させ、それを積極的平和主義と言っていますよ。


中国に侵略した時も日本は「東洋平和のため」と言ったのです。紛争の解決手段として武力を用いるという本質は変わらない。武力で紛争を解決できないのは、米国がイスラエル問題で手を焼いていることをはじめ、歴史の示すところなんです。イスラエルがある限り、アラブ諸国は米国と戦いますよ。


そんな米国がやっている喧嘩に首を突っ込むのが集団的自衛権です。日本はアラブ諸国から憎まれていいんですか。日本は過去の戦争の反省から、「国際紛争解決の手段として武力を使わない」と憲法9条で定めた。その精神の先見性は普遍的で、いまこそそれが生かされるべきだと思います。


伊東光春ブログより


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“ とあるエンジニアが、ある日道を歩いていると一匹のカエルが呼びかけてきました。 「私にキスしてくれたら、とても美しいお姫様に戻ることができるのよ」 彼は身をかがめてカエルを拾い上げると、自分のポケットにしまいこみました。 カエルは再び言いました。「もしあなたがキスしてくれて私を姫に戻してくれたなら、あなたと一週間一緒に過ごしますわ」 エンジニアはカエルをポケットから取り出して、微笑むとまたポケットにしまいこみました。 するとカエルは泣き叫ぶように、「もし私を姫に戻してくれるなら、あなたと一緒に

とあるエンジニアが、ある日道を歩いていると一匹のカエルが呼びかけてきました。

「私にキスしてくれたら、とても美しいお姫様に戻ることができるのよ」

彼は身をかがめてカエルを拾い上げると、自分のポケットにしまいこみました。

カエルは再び言いました。「もしあなたがキスしてくれて私を姫に戻してくれたなら、あなたと一週間一緒に過ごしますわ」

エンジニアはカエルをポケットから取り出して、微笑むとまたポケットにしまいこみました。

するとカエルは泣き叫ぶように、「もし私を姫に戻してくれるなら、あなたと一緒にいて、もう何だってあなたの望みどおりのことをします」

またもやエンジニアはカエルをポケットから取り出すと、やはり微笑みかけるだけでポケットに戻しました。

カエルはようやくそこで尋ねました。「いったいどういうことなの? 私は美しい姫で、あなたと一週間一緒にいて、何でも望みどおりのことをすると言ってるのですよ?どうしてキスしてくださらないの?」

するとエンジニアはこう答えました。

「僕はエンジニアだよ。恋人を持つ暇なんてないんだ。だけどしゃべるカエル、こいつはカッコいい」



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“低成長社会で配慮すべきは、「どうやって若い人に経験を積ませるか」だろう。高度成長社会では、人手不足から経験の足りない若手でもどんどん抜擢して任せる仕事があった。低成長社会ではどうしてもリスク回避のため、経験のない人には何もやらせず、結果として将来に禍根を残すことになる。”

“低成長社会で配慮すべきは、「どうやって若い人に経験を積ませるか」だろう。高度成長社会では、人手不足から経験の足りない若手でもどんどん抜擢して任せる仕事があった。低成長社会ではどうしてもリスク回避のため、経験のない人には何もやらせず、結果として将来に禍根を残すことになる。”

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コミュニケーションの基礎として まずよく話を聞く そして今の話を私は次のように理解しましたが それでいいかな と確認し 次に自分の話をする すると相手は、いまの話は自分としては次のように理解しました それでいいかなと確認し 次に自分の話をする または質問をする ーー カウンセリングも同じ所があると思う 私はこのように理解しましたという部分を省略していないでしょうか?

コミュニケーションの基礎として

まずよく話を聞く
そして今の話を私は次のように理解しましたが
それでいいかな
と確認し
次に自分の話をする

すると相手は、いまの話は自分としては次のように理解しました
それでいいかなと確認し
次に自分の話をする
または質問をする

ーー
カウンセリングも同じ所があると思う
私はこのように理解しましたという部分を省略していないでしょうか?

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夫婦はもともと他人である 人間にとって一番危険に生き物は人間である その中でも危険なものは家族である 統計数字が証明している

夫婦はもともと他人である

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人間にとって一番危険に生き物は人間である
その中でも危険なものは家族である
統計数字が証明している

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ポジティブ心理学を語るのは 割合容易である クライアントの側にくっきりとポジティブ心理学のイメージがあるし 同じことを浅薄に反復していればいい その方が理解を得やすいだろうなあとは感じる

ポジティブ心理学を語るのは
割合容易である
クライアントの側にくっきりとポジティブ心理学のイメージがあるし
同じことを浅薄に反復していればいい

その方が理解を得やすいだろうなあとは感じる

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安全保障がコモディタイズすると、かつて国家と一体だった資本が自立し、国境を超えて移動するようになる。19世紀にイギリスの金融資本が最強だったのは、大英帝国の軍事力に守られたためだが、今ではコンピュータのセキュリティさえ保証されれば、ケイマン諸島でもマカオでもよい。 主要な産業が農業と製造業だった時代には、資本収益を拡大するには領土の拡大が必要だったが、今では最大の付加価値の源泉は土地に依存しない知的資本なので、戦争という高コストの手段で掠奪する必要はない。国家は「自由経済」を守り、金融資本が他国で上げた

安全保障がコモディタイズすると、かつて国家と一体だった資本が自立し、国境を超えて移動するようになる。19世紀にイギリスの金融資本が最強だったのは、大英帝国の軍事力に守られたためだが、今ではコンピュータのセキュリティさえ保証されれば、ケイマン諸島でもマカオでもよい。

主要な産業が農業と製造業だった時代には、資本収益を拡大するには領土の拡大が必要だったが、今では最大の付加価値の源泉は土地に依存しない知的資本なので、戦争という高コストの手段で掠奪する必要はない。国家は「自由経済」を守り、金融資本が他国で上げた収益を保護して増殖させ、その富に寄生すればいいのだ。

フリーライダーを解決する方法は、ホッブズの時代と変わらない:各国の上に立って(暴力をともなって)命令する「絶対的な主権者」を設立することだ。そういう世界政府はカントの時代から語られてきたが、見果てぬ夢である。それが不可能である限り、主権国家とグローバル資本主義の闘いで、前者に勝ち目はない。資本主義が終わるのは、それが国家(commonwealth)を致命的に蝕んで資本主義そのものが立ちゆかなくなるときだろう。


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兵器市場はアメリカの独占が崩れて「競争的」になり、世界の大企業が公然と兵器の製造に乗り出した。兵士も民間委託の「傭兵」が増えている。「死の商人」にとっては兵器市場が拡大することが望ましいので、民族紛争は絶えない。 核兵器は超大国が独占したが、普通の兵器はコモディタイズしたので、21世紀の戦争は国家と国家の正規軍の戦いではなく、テロリストと国家のゲリラ戦になるだろう。しかもアルカイダのように資金力があると重火器も入手できるので、20世紀後半以降の長い平和の時期は終わるかも知れない。 こういう変化の最初は

兵器市場はアメリカの独占が崩れて「競争的」になり、世界の大企業が公然と兵器の製造に乗り出した。兵士も民間委託の「傭兵」が増えている。「死の商人」にとっては兵器市場が拡大することが望ましいので、民族紛争は絶えない。

核兵器は超大国が独占したが、普通の兵器はコモディタイズしたので、21世紀の戦争は国家と国家の正規軍の戦いではなく、テロリストと国家のゲリラ戦になるだろう。しかもアルカイダのように資金力があると重火器も入手できるので、20世紀後半以降の長い平和の時期は終わるかも知れない。

こういう変化の最初は日中戦争だった、と丸山眞男は指摘している(「憲法第9条をめぐる若干の考察」)。正規軍の戦力では日本軍が圧倒的に優勢だったので、参謀本部は国民党軍はすぐ鎮圧できると楽観していた。しかし彼らはゲリラ化し、便衣兵として民間人にまぎれて戦ったため、日本軍は「点と線」しか制圧できなかった。

このパターンは第2次大戦におけるヨーロッパのレジスタンスや、戦後のアルジェリア、キューバなどの植民地解放戦争でも繰り返され、最大の悲劇がベトナム戦争だった。これはソ連の支援を受けた北ベトナムとの戦争だったが、彼らは正規軍を使わず、南ベトナムで「ベトコン」のゲリラ戦で戦った。米軍が北ベトナムを地上軍で制圧すれば短期間で戦争は終わったはずだが、それは「侵略」にあたるので(補給路を断つ)北爆しかできなかった。

The Modern Mercenary: Private Armies and What They Mean for World Order
その後も世界で起こっている戦争のほとんどは、宣戦布告をして行なわれる戦争ではなく、ボスニア=ヘルツェゴビナやルワンダやソマリアなどの民族紛争である。


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松本清張著 『菊枕-ぬい女略歴-』  昭和21年、北九州のある精神病院で、一時期一世を風靡したとも言える1人の著名な女流俳人が、ひっそりと死んだ。  看護日誌には、連日「独言独笑」の記入が残されていた。一人言を言っては1人で笑っているというのだから、精神病といっても人に危害を加えるなどとはとても考えられない、極めて穏やかな症状だったと思われる。  入院前の状況としては、  ――梅堂(俳句の師)に頻りに出す便りが前後二百数十通を越え、終りになるほど常態を失っていた。文体は前後の意味が分からなくな

採録
ーーー
松本清張著
『菊枕-ぬい女略歴-』

 昭和21年、北九州のある精神病院で、一時期一世を風靡したとも言える1人の著名な女流俳人が、ひっそりと死んだ。
 看護日誌には、連日「独言独笑」の記入が残されていた。一人言を言っては1人で笑っているというのだから、精神病といっても人に危害を加えるなどとはとても考えられない、極めて穏やかな症状だったと思われる。
 入院前の状況としては、
 ――梅堂(俳句の師)に頻りに出す便りが前後二百数十通を越え、終りになるほど常態を失っていた。文体は前後の意味が分からなくなり、一通一通、哀訴したり、憤慨したり、電報で前便を取り消したり、また以前にかえったり、支離滅裂であった。如意輪観音がどうの、観自在菩薩がどうの、…… 次第に健康人でなくなる状態が知られた――
 と『菊枕』に記されている程度だ。

 ―ぬい女略歴―と付記した『菊枕』が、主人公の精神異常に触れているのは、結末の極めてわずかの部分に過ぎない。
 だからこの作品を、精神障害をテーマにした作品とするには、いま一つ納得がいかないとの意見も出されるであろう。
 しかし、この作品のすべてはその結末に至るための伏線、つまり、勝ち気で才能にも恵まれた女性が、その溢れる自信と表裏をなす被害者意識の強さゆえに、周囲との軋轢を招き、精神の錯乱状態に落ちこんでいく過程の解明、といってもよいのだから、全編が錯乱に陥らざるを得なくなった主人公の精神構造と、そこに追い込んでいった周囲の精神環境の叙述なのだから、立派に精神障害にかかわる作品といえるだろう。

 三岡ぬいは女学校時代文学を志し、校内で1、2を争う存在だった。
 器量もよかったが、顔も体も大柄なのが、彼女を一層目立たせていた。
 その彼女が家も貧しく、すべてに見劣りする圭助との結婚を承諾したのは、冴えない中学の教師でも、美術学校出の彼に、画家としての芸術面での成功に夢を託したからだった。
 だが、美術学校で得られるものは技術と知識であって、才能は別ものであることを知っていて、自分にそれが無いことも知っている彼は、結婚当初こそ妻の話に適当に合わせていたが、次第に避けるようになり、口にもしなくなる。
 長女が生まれ次女にも恵まれ、地方では尊敬される中学校の教師の妻として、世間的には幸福そうに見えながら、彼女の胸には満たされぬものが、蓄えられていったのだった。
 やり場の無い不満に、時には爆発的に当たり散らす妻。妻が荒れるのもつまりは自分のふがい無さからだと、自責の念に駆られて声も荒げられない夫。
 冷えきった泥沼の生活。
(註、ぬいの実在のモデルとして疑いようもない俳人杉田久女の代表作に
 足袋つぐやノラともならず教師妻
という句が知られている。
 当時、文化の先端の新劇で話題を浚っていた『人形の家』のノラ。夫の人形でいる甘い生活を捨てて、真の自分を求めて家出をしたノラ。そうしたノラヘ魅かれながらも、踏み切れずに夫の足袋を繕うような貧しい生活を続けている自分への、いらだたしいような、哀れみ慰めてもやりたいような、そんな複雑な心情が感じ取れる句だが、ぬいの当時の心境がまさにこれなのだ。
 現在のように、簡単に離婚が許される社会ではなかった)

 そんなある晩、学校から帰って教材の準備をしている圭助に、ぬいは
「あなたと毎日、口争いばかりしていても詰まりませんから、少し趣味を持とうと思います」
と宣言するように言い、俳句だと告げ
「俳句か。小説ではなかったのか」
と念を押す夫を
「あなたは何もご存じありません。とにかく俳句をやります」
と強い目付きで撥ね返して、ともかく夫の承諾を得る形を整えたのである。
 俳句を勧めたのは実家の縁者だったが、すでに福岡から出ている俳句雑誌には投稿し始めていた。
 俳句に熱中し始めてから、それまでのように些事で癇癪を起こすことは無くなったが、家事を疎かにする風が見えるようになった。
 圭助が勤めから帰っても食事の支度もできていず、2児は腹を空かして泣いているのに、本人は机の前に座って凝然として動かない。それを咎めるとまたどのような騒動になるか……と、圭助が台所に下りるという具合。
 子どもの世話、家の掃除、洗濯、夫の身の周りの始末など、すべてが粗略になっていった。昼は家を外にして彷徨し、夜は家内の寝静まる2時、3時に好んで起きていることが頻りになっていた。
 俳句仲間との交流も始まり、知らない客も増えていたがそんな時、圭助は顔を合わさぬようにし、ぬいも引き合わそうとはしなかった。圭助は陰気な人嫌いという評判を受けていた。

 初めて九州を訪れた瀬川楓声を、福岡の俳人たちはこぞって歓迎したが、ぬいは滞在の3日間、朝から晩まで傍らに詰めて離れず、ただごとではないと言われるほどだった。
 これを契機に、ぬいは当代随一の俳人宮萩梅堂の『コスモス』への投句を開始する。俳句といえば文句無く、この人、この雑誌に決まっていたような時代である。楓声が梅堂の逸足だったからの縁に違いないが、ぬいにとっては初めて自分の力で自分の夢に立ち向かえるチャンスを与えられたことになるのだ。
 初入選の一句を、ぬいは短冊に書いて床の間に飾り、お神酒を供えて祝った。
 (ぬいが特に大袈裟だったのではない。初入選すると赤飯を炊き、俳友を招いて祝宴を張る慣習があったという)
 それほど厳選で権威を誇っていた雑詠欄に、ぬいはほとんど毎月入選し、三句、四句入選の好成績の月も多かった。鮮やかな見事なデビューであった。

 半年後、楓声は再び九州を訪れる。
 ぬいは新調の春着をねだって夫との間に一悶着起こし、楓声と2人の姿を郊外の温泉地で見かけたという風評さえ流される始末だった。
 目立つ美人だけに成績のよさを結びつけて、色仕掛けで迫っていると噂したのだ。もちろん妬み半分である。
 だが、ぬいの心はすでに楓声を越えて、第一人者の梅堂に向いていた。俳人としての彼の大きさに賭けたのだ。梅堂はぬいの太陽になっていた。

 ぬいは梅堂の教えである花鳥諷詠を実践しようと、毎日野山を歩き英彦山にもたびたび登って作句に努めた。
 だが、その句は奔放華麗と評され、豊かな詩心を感じさせ、注目を浴びた。
 ぬいは工面した金で上京、片瀬海岸の梅堂の家を訪ねた。直接梅堂と対面して語れたのは、一生忘れられない感激だった。梅堂への信奉はますます篤くなった。
 その分、梅堂からも認められねば気が納まらなかった。毎月の成績に一喜一憂した。ライバルの女流俳人がそれぞれに、地位・権勢・学歴をもっているのが癪に触った。自分より彼女たちが厚遇されるのは、俳句そのものよりもそれらが作用しているからだ、と思えたからだ。
 梅堂に脳溢血の経験があるのを知って、ぬいは何日も掛けて菊の花を摘んで、それを芯にした枕を縫い上げた。陶淵明の詩にもある長寿を願う菊枕である。それを持って再び片瀬を訪れたぬいだが、掛けてきた期待は見事に裏切られる。
 梅堂は素っ気なく冷ややかだった。知人の取りなしでやっと得た一言に上気したぬいを、またも色仕掛けという中傷が取り巻いた。
 梅堂は悪くない。悪いのは周囲の弟子どもだ、とする彼女の言説が余計に事態を悪化させた。梅堂宛の手紙が頻繁になるのもこの頃からであり、英彦山で作句中の彼女に会った人が、憑き物が付いているような顔の恐ろしさに、思わず逃げ帰ったという話も伝わっている。
 欧州へ向かう梅堂一行の船を、ぬいは門司で迎えた。だが、梅堂は一切取り合おうとはしなかった。
 そして『コスモス』からの除名通告。ぬいの俳句生命は完全に断たれるのだ。

 松本清張の『菊枕』が『文藝春秋』に発表されたのは、昭和28年8月。長女・石昌子の尽力で『杉田久女句集』が出版された翌年である。
 『菊枕』のぬいが杉田久女であり、『コスモス』が『ホトトギス』、宮萩梅堂が高浜虚子その人であることは、あまりにも明々白々の事実だ。
 この作品は清張が芥川賞受賞直後に書かれた原稿用紙30枚、つまり初期の短編である。
 朝日新聞勤務で北九州にいた清張だから、地元の異色俳人久女については熟知していただろう。
 前後して書かれた『ある「小倉日記」伝』。こちらは明らかに肢体障害者が主人公だが、豊かな才能をもちながら不遇の生涯を生き、空しさの中で死んで行く点で共通している。
 しかも、硬質な著者のペンは情の潤いを排して、冷酷に念を押すのだ。
 ぬいが病院で夫に作った(菊枕)の芯の、萎んだ朝顔の花の残骸まで、白日の下に曝して見せるのである。

 それにしても、ぬいは精神病院に入らねばならぬほどの、精神障害だったのだろうか。
 肢体障害の場合、社会生活の中に張り巡らされるバリアが、不自由さを助長するところから、障害者は社会によってつくられる、とも言われている。
 ぬいもまた、夫、隣人、俳句にかかわる人々によって障害者につくられていったのだ、と言えなくもない気がしてくる。
 そして最後になったが、この作品、俳人を主人公にしながら、俳句作品を一句も示していない。妙と言えば妙である。
 作品を引用することで、作中人物のぬいと、実在の俳人久女の完全合体するのを避けねばならなかったのだろうが、ここでは参考に久女の句を少し挙げておく。

 ちなみ縫ふ陶淵明の菊枕
 谺して山ほととぎすほしいまま
 花衣脱ぐやまつはる紐いろいろ
 風に落つ楊貴妃桜房のまま
 わが傘の影の中濃き野菊かな
 平凡の長寿願はずまむし酒


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