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“ 「もう今年の夏は満喫したかね」公園のベンチでランチをしていた私に突然話しかけて来たのは、真夏にも関わらず厚手のスーツを着こなした初老の紳士だった。私がポカンとしている間に、老人は颯爽とした振る舞いで隣に座ってしまった。この強い日差しの中、特に暑がる様子もなく涼しい笑顔を私に向けて答えを待っている。どうせ携帯でも見て昼休憩の残り時間を過ごすだけだったし、私はこの老人に少し付き合うことにした。 「先週は海に行って、今週末はみんなと花火を観に行きます。でもさすがにここまで真夏日が続くとバテちゃいますね」

「もう今年の夏は満喫したかね」公園のベンチでランチをしていた私に突然話しかけて来たのは、真夏にも関わらず厚手のスーツを着こなした初老の紳士だった。私がポカンとしている間に、老人は颯爽とした振る舞いで隣に座ってしまった。この強い日差しの中、特に暑がる様子もなく涼しい笑顔を私に向けて答えを待っている。どうせ携帯でも見て昼休憩の残り時間を過ごすだけだったし、私はこの老人に少し付き合うことにした。


「先週は海に行って、今週末はみんなと花火を観に行きます。でもさすがにここまで真夏日が続くとバテちゃいますね」老人はそれを聞いて大きく頷き「そうですか、ではやはりそろそろですね」と呟いた。私はその返答が気になった。私が夏休み中では無いことは見た目ですぐに分かる。そろそろとは一体なんだろう。既に立ち上がってどこかに行こうとしている老人に「そろそろってどういうことですか?」と思い切って聞いてみた。すると老人は半分だけ振り返ってこう言った。


「今、私は秋を運んでいるんです。日本は四季があるから絶妙なタイミングを探さないといけない。特に夏から秋は様々な感情が入り乱れていて毎年悩むんですよ。でもあなたの言う通り、そろそろだと感じています」そのまま老人は階段を登っていった。変な人だったなあ、と彼を何となく眺めていたら、大きな樹の横を老人が通り過ぎた瞬間、その樹に付いていた全ての葉の色が一瞬にして真っ赤に紅葉した。私は驚いて思わず、あ!と声を上げると、老人は前を向いたままハットを少し上げて「さよなら」をした。四季がこうやって運ばれて来るなんて。たった今秋が始まったんだ。とても静かに。



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