天 その人にわざわいするは、天 いまだその人を棄てざるなり。 ─藤原藤房(南北朝期 公家) ☆自分にとって災難と思えるような出来事は、欠点を改め、自分を鍛えなおす良いチャンスでもあります。
そもそも日本は戦前まで、夫婦ともに農業で共働きだったわけです。「女性は家に入って育児に専念」なんて考えは、高度経済成長期以降にたった30年くらい続いただけの、非伝統的な家族のあり方でしょう。戦前までは農業人口が過半数で、長らくの間、産んで1カ月もすると床上げして田畑に出かけ、替わって子供は祖父母が育てた。孫を10人とか集めて育てるわけです。親と子供が1対1で相対すると、親が過ちを犯すと取り返しがつかなくなる。でも孫が10人くらいいて、年長の子供はそれなりの発言力もあり、そこに余裕のある年長者たる爺婆がにら
双極性障害診断スケール(BDDS) 双極性障害臨床評価ガイド
双極性障害臨床評価ガイド
精神疾患のグルタミン酸仮説は支持されるか 初回エピソードの精神疾患患者において、右連合野線条体においてグルタミン酸値の上昇が示されている。しかし、この上昇が、効果的な抗精神病薬治療後に持続するかどうかについては不明であった。メキシコ・Instituto Nacional de Neurologiay NeurocirugiaのCamilo de la Fuente-Sandoval氏らは検討の結果、4週間の抗精神病薬治療により臨床的有効性が認められた初回エピソードの精神疾患患者ではグルタミン酸値が正
厚年基金の4割、解散を検討 本社など調査、「現状維持」は20% http://www.nikkei.com/article/DGKDASFS19023_Z11C13A0MM8000/ 2013/10/20付 日経新聞 企業年金の一種である厚生年金基金の4割が解散を検討していることが分かった。日本経済新聞社と格付投資情報センター(R&I)が実施した「日経企業年金実態調査」で明らかになった。国は財政状況が厳しい厚年基金に解散を促している。公的年金の支給額が減る中、年金の給付が一段と厳しくなりそうだ。(詳細
高知県の須崎漁港に所属している船が福島県沖で操業していて遭難した事件があったそうだが、 須崎で水揚げすれば高知県須崎産として売られることも可能性としてはあるらしい
須崎で水揚げすれば高知県須崎産として売られることも可能性としてはあるらしい
結局、直ちに影響はない、という論理で全てが進められる
薄まっているんだからいいじゃないかという理屈
優しい放射能で「おもてなし」だそうだ
因果関係が証明できないことは
因果関係がないということではない
証明できないというだけだ
自分の親を施設に預けてなにもしない人たちは その子供たちも自分の親がその親を施設に預けているのを見ているから、 簡単に親を施設に預ける人間に育つ
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“相手が正しいとは限らないが、相手が言った事に傷ついたのなら、自分の音楽に何か自信を持てていないか、あるいは自分自身に自信を持てないでいるかのどちらかだ。” — 曇りなき心構え ブライアン・イーノ
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曇りなき心構え ブライアン・イーノ
ネットを見て マウスをカチカチ で、人生が終わってしまう あかんではないか
マウスをカチカチ
で、人生が終わってしまう
あかんではないか
私は泣いたことがないという女も居たが 私は笑ったことがないという男もいる 周囲の人も笑ったところを見たことがないという
私は笑ったことがないという男もいる
周囲の人も笑ったところを見たことがないという
人間というものはまことに環境に左右される生き物である ここ数年で、子どもたちの変わり様はどうだろう ゲーム、携帯、スマホ、SNS、友人関係の変化、いじめの形の変化、犯罪の変化、 親としては、「変なものはやめろ、そんなもの必要ないではないか、子供時代に読んでおくべき本がある」などと 言いたいところだが、 大人は子供を相手に商売をしたいので、かわいそうに、餌食になってしまう。 そうした害悪から守るのが親の役目なのだが、友人の中にゆるい親が数名いると、もう歯止めが効かなくなる。 孟母三遷の時代から言われて
ここ数年で、子どもたちの変わり様はどうだろう
ゲーム、携帯、スマホ、SNS、友人関係の変化、いじめの形の変化、犯罪の変化、
親としては、「変なものはやめろ、そんなもの必要ないではないか、子供時代に読んでおくべき本がある」などと
言いたいところだが、
大人は子供を相手に商売をしたいので、かわいそうに、餌食になってしまう。
そうした害悪から守るのが親の役目なのだが、友人の中にゆるい親が数名いると、もう歯止めが効かなくなる。
孟母三遷の時代から言われていたことだから、どの時代でも、親から見ればひどいのだろうけれども、
携帯・スマホはほんとうにひどいと思う。
賢く使えばいいのだけれど、そこまでかしこい子供がどれだけいるというのだろう。
絶望的だ。
病の起源 うつ病 NHKスペシャル
最近のMHKはこのような、誰にも納得出来ない話を断言の形で、
わかってきました。認められています。証明されたのです。などと言い切ってしまうものが多い。
まあ、その知能の低い断言が、バラエティとして一種面白いのかもしれないが、
困ったものだ。
この話はひどい嘘だなと思うような人は番組に影響されないし、
この話を信じるような人は、多分内容を批判吟味もできないし、理解できないでそのまま忘れるのだろうから
結果として、大して影響はないのだろう
NHKの精神医学系の番組、恐るべしである
すぐに頭に電極を差し込んでみたり
政治的に有力な人間の意向を汲んで、中身の無い治療法を大々的に紹介してみたり、
良心的知識人は憂慮している
Knowledge is knowing what to say. Wisdom is knowing what NOT to say.
【ワシントン=共同】両親の唾液などに含まれるわずかな遺伝子情報を解析し、生まれてくる子供の目の色や背の高さ、がんなどの病気になるリスクを予測する手法の特許が、19日までに米国で認められた。 生命倫理の専門家は、予測を利用して提供者などから精子や卵子を選ぶと、望ましい特徴を持つ子供を生む「デザイナーベビー」につながりかねないと批判。特許を持つ米カリフォルニア州の遺伝子検査会社「23アンドミー」は「遺伝子と健康に関する理解を高めるのが狙い。子供を選別する生殖医療に応用するつもりはない」と説明している。
報告するときに、報告者の人称を消去してしまう方法と、 「彼女は私にこう話しました」という形で誰が誰にどう話したかを残す方法とがある ーーーーー ニュースショーでは、なにか客観的な報道の体裁で、しかし編集者の意図が見えてしまう場合もある 逆に、何が起こったかというよりも、編集者の意図を推定することが、興味の中心になったりもする 誰がどういう意図でこのような情報を流しているのかを 読み取るためのニュースショー
「彼女は私にこう話しました」という形で誰が誰にどう話したかを残す方法とがある
消去したところで必ず報告者の存在があるに決まっているのだが
たとえば写真であれば、撮影者が必ず存在する
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ニュースショーでは、なにか客観的な報道の体裁で、しかし編集者の意図が見えてしまう場合もある
逆に、何が起こったかというよりも、編集者の意図を推定することが、興味の中心になったりもする
誰がどういう意図でこのような情報を流しているのかを
読み取るためのニュースショー
若い頃は時々海に行きたくなったものだ 海水の粒を吸うことで何か効果があったのかもしれない
海水の粒を吸うことで何か効果があったのかもしれない
“ これはあなたの人生です。 自分が好きなことをやりなさい。 そして、たくさんやりなさい。 何か気に入らないことがあれば、それを変えなさい。 今の仕事が気に入らなければ、やめなさい。 時間が足りないのなら、テレビを見るのをやめなさい。 人生をかけて愛する人を探しているのなら、それもやめなさい。 その人は、あなたが自分の好きなことを始めたときにあらわれます。 考えすぎるのをやめなさい。人生はシンプルです。 すべての感情は美しい。食事を、ひと口ひと口を味わいなさい。 新しい事や人々との出
これはあなたの人生です。
自分が好きなことをやりなさい。
そして、たくさんやりなさい。
何か気に入らないことがあれば、それを変えなさい。
今の仕事が気に入らなければ、やめなさい。
時間が足りないのなら、テレビを見るのをやめなさい。
人生をかけて愛する人を探しているのなら、それもやめなさい。
その人は、あなたが自分の好きなことを始めたときにあらわれます。
考えすぎるのをやめなさい。人生はシンプルです。
すべての感情は美しい。食事を、ひと口ひと口を味わいなさい。
新しい事や人々との出会いに、心を、腕を、そしてハートを開きなさい。
私たちは、それぞれの違いで結びついているのです。
自分のまわりの人々に、何に情熱を傾けているかを聞きなさい。
そして、その人たちにあなた自身の夢も語りなさい。
たくさん旅をしなさい。
道に迷うことで、新しい自分を発見するでしょう。
ときにチャンスは一度だけしか訪れません。しっかりつかみなさい。
人生とは、あなたが出会う人々であり、その人たちとあなたが作り出すもの。
だから、待っていないで何か作ることをはじめなさい。
人生は短い。
情熱を身にまとい、自分の夢を生きよう。
”
ーーーーー
こういう情熱は報われないことが多い
死んでしまったら元も子もないから好きな様に生きようと思えば、そこから苦しみが始まる
好きな事は何なのか、どうすれば満足できるのか、選択に間違いはなかったか、
次々に苦しみが待っている
それよりも、
どうせ死んでしまえばみんな同じなのだから、できるだけ何もしないで、炎を消して、生きるほうがよいと思われる
この世のことなどつまらない幻である
“もう終わりだと思うのも、さあ始まりだと思うのも、どちらも自分である。” フェデリコ・フェリーニ
聞いた話では ヨーロッパでも北と南では感情表現に大いに違いがあり 言語も感情表現に適したものであるか、 法律的な、いったん感情を遠ざけた表現に適したものであるか、 違いがあるのだという 日本でも、東京の言葉と関西の言葉では、 感情と言葉の間の距離が違うのだという 東京言葉で法律を書かれると、その人がどんな気持ちなのか、分からなくなってしまう 関西の人のほうが、感情と言葉が近いので、芸術表現などには向いている場合もあるらしい 東京言葉の人や東北の言葉の人たちは、感情をストレートに出すと言っても、 語彙
聞いた話では
ヨーロッパでも北と南では感情表現に大いに違いがあり
言語も感情表現に適したものであるか、
法律的な、いったん感情を遠ざけた表現に適したものであるか、
違いがあるのだという
日本でも、東京の言葉と関西の言葉では、
感情と言葉の間の距離が違うのだという
東京言葉で法律を書かれると、その人がどんな気持ちなのか、分からなくなってしまう
関西の人のほうが、感情と言葉が近いので、芸術表現などには向いている場合もあるらしい
東京言葉の人や東北の言葉の人たちは、感情をストレートに出すと言っても、
語彙も表現も足りないらしい
ある面では、知能が低いほうが、言葉と感情が近い。知能が高くて社会的状況を強く考慮する場合には、
言葉と感情が遠く離れる。
「分かりやすい人」と「分かりにくい人」が発生することになる。
ときどき言われるのは、九州や沖縄では躁うつ病の頻度が高いだろうと言われる
東や北はどちらかといえば単極性うつ病に近くなるようだと従来は言われていた
それならば、もちろん、芸術には関西から九州・沖縄にかけてのほうが向いているのかもしれない
しかしまた、さらに南に移動して、インドネシアとかフィリピンで芸術活動はどうかといえばまた別の問題なのだろう
また、ロシアで芸術家が量産された現象はどう考えたらいいのだろう
社会主義の一つの成果だと考えてよいのだろうか
あるいは、東ドイツのオリンピック金メダル量産と同じように、いびつな育成策の結果なのだろうか
ーーー
ヨーロッパの南北と日本の南北でパラレルな現象があるとして、それはなぜなのだろう
言語が違うということはあるのだが
その違いを生んだのは何かといえばやはり気温の違いで
気温が違うから、人間の体内の酵素の働きなどが違うことになり
またペットの寄生虫などが違えば、そのことも影響するかもしれない
たとえば猫のトキソプラズマが人間の攻撃性を左右していて、戦争に強い民族と弱い民族の差ができるかもしれないという説があった
昔は南方で蚊に媒介される病気という認識であったデング熱が、専門家の話では、
気温が高くなって、いまや日本でデング熱が大流行しても全くおかしくない環境になっているのだとかのことだった
たとえばどぶがあるとして、そこに発生する生物などは
ロシアとドイツとイタリアではだいぶ違うかもしれない
あるいは、季節変動の具合が問題なのかもしれない
夏にも冬にも適応しなければならない人たちは
主に夏にだけ適応していればいい人達とはだいぶ違うかもしれない
セックスがしやすいか、あるいはセックスも面倒なくらい寒いか、そういうことも気質の形成には関係しているかもしれない
躁状態になりセックスするとしても、現実に寒すぎて、まあまあのところで切り上げるということはあるだろう
従来言われていたのは風土は多大な影響を及ぼし
たとえば台風で大切な財産が一瞬にして失われる風土の中では
蓄財に励む習慣は失われ
どちらかと言えば刹那的で共同の助け合いを基本とする社会ができるだろう、などだろう
農村と漁村では経済基盤が違う
一攫千金の漁村では一発当てれば、魚は腐ってしまうので、祭りをして消費する文化になる
農村は計画的に収穫を待つので、一発屋は適さないことになる
そうした事情から言語に違いが生じ、それが文化として固定し、そこから感情表現の違いが生じ、
芸術活動に対する適性の違いが生じる
そうした基底的な文化は、テレビで毎日東京言葉が流れていても、消失しないものなのだろう
ーー
たしかに、真面目そうなドイツ人気質と、イタリアのラテン気質は違いがありそうで、
ラテン的な精神医学はあまり発展せず、ドイツ的な精神医学は発展している
ギリシャの働かない人にもドイツ人の税金をつぎ込むのかとドイツ人は怒り、
ギリシャ人はそんなことは気にもかけないでデモを続けているという風景を見ると
ユーロという統一体は無理そうな気もしてくる
同様に、日本という統一体も、結構無理が来ているのではないか
だって、気質がこんなにも違うのだから
しかしながら政治的には、政策選択が北と南で基本的に違うなどという現象はなく
むしろ都市と農村とかそんな対立軸になっているのも面白い
こんなに気質の違う人達なのに
酒を飲んでどのようになりたいのか、というあたりも結構違うような気がする
ーーー
しかし一番可能性がありそうなのは、気温が酵素活性を制御するというものではないだろうか
最近では低体温の人が増えているそうで、そうなると躁状態にはなりにくいと思う
「頭を冷やせ」という言葉があるように、低温状態のほうが、抑制的になれるものなのだろう
学力の面で考えても、試験をした時に躁状態であれば結果は良くなるかもしれず、
集団としては、関西のほうが良い点数になるかもしれない
甲状腺ホルモンの亢進がある場合には成績が良くなることも知られているし
躁状態になることも知られている
感情表現が豊かになることも知られている
あるいは甲状腺ホルモンだけで考えてもいいのかもしれない
ヨードなどの関係も考えて
南のほうが甲状腺ホルモンの活性が高いと推定したらどうだろう
ーーー
しかしそうこうしているうちに日本全体が高熱になり
春と秋が短くなり
暖冬もあるけれど豪雪の冬もあるようになった
春と秋がある程度長いことが性格形成や芸術性の涵養には大切とも思うのだが
どうだろう
脳が世界を見るレンズ
“必ずしも現実が私たちを形作るのではなく、脳が世界を見るレンズによって私たちの現実は形作られるということです。そのレンズを変えれば、自分の幸福を変えられるばかりでなく、あらゆる学習や仕事の結果を変えることもできるのです。”
ーー
しかしまあそれにも限度があるから
ほどほどの現実の近似値になっているわけだろう
任意というわけでは決してない
進化論的に選択されてゆくだろう
ーー
とは言うものの、ではどのような『レンズ』がいいのか、
現実適応度が一番高いレンズが一番いいのか、
はたして適応とは何か、子孫をたくさん残せばいいのか、長生きすればいいのか、それとも何か尺度があるのか
1000年か10000年くらい経って、残ったものが結局良かったといえる程度ではないだろうか
その場合に地球に隕石が衝突するかとか、太陽の黒点がどうなるかとか
そんなことに大きく影響されるだろうと思う
“(「あなたにとってピアノとは?」と訊かれて)「猫達を食わせていくための道具ね」” フジ子・ヘミング
老年というのは旅の終わりのような気分だ 旅は終わった、あとは帰るだけ、疲れもあってほっとしてはいるが、嬉しいというものでもない 見るものは見たけれど、期待した程でもなかったなと、うっすらと思いつつ、帰路についている
旅は終わった、あとは帰るだけ、疲れもあってほっとしてはいるが、嬉しいというものでもない
見るものは見たけれど、期待した程でもなかったなと、うっすらと思いつつ、帰路についている
ーー
旅は終わった
もうどこにも行かないのだ
ドイツZDF フクシマの嘘
週刊朝日 2013年10月25日号 あまり報じられていないが、今年9月、日本に輸入されたスウェーデン製ブルーベリージャム「ブルーベリーエキストラジャム」から、食品中の放射性物質の基準値(100ベクレル/kg)を超える140ベクレル/kgのセシウムが見つかった。ウクライナ産ブルーベリーを使ったジャムで起きた食品衛生法違反事例として、この一件は厚生労働省のホームページ上でも確認できる。 実はこのジャム、欧州家具を販売するスウェーデンのイケアがプライベートブランドとして開発し、世界中の店舗で販売してい
2013年10月18日(木) 台風26号が過ぎ去ったあと、大規模な土砂災害に見舞われた東京・伊豆大島(大島町)では死者22人に=11人身元確認、安否不明27人。大量がれき、捜索難航と報道されている。 一方で北海道では早くも積雪が記録された。 そんな中で、今日も結構暑いなと思い目が覚めて、シャツ一枚で外出したら、外気はひんやりと冷たかった。
テレビでは国会中継。またプロ野球は巨人広島、楽天ロッテのクライマックスシリーズ。
小泉純一郎元首相が最近になって原発ゼロを唱えていることが話題になっている。理由の第一は放射性物質の最終処分ができないからだという。
ーーーーー
不安とうつは分離できるのかと考える 不安と情動はもちろんだが一体となっていることが多い 本来一体になっている場合もあるし 情動が不安定になれば不安も生じるだろうから付随的な場合もあると考えられる うつもそうも伴わない純粋不安があるだろうがどの程度の頻度であるだろうか 多分少ないのではないか また不安を伴わない気分変動はどの程度あるものだろうか 少なくとも、うつになれば未来や対人関係に不安を感じるだろうと思うが、そういったものは二次的なものと説明できるように思う 問題なのは、脳の内部で、うつの回路と不
不安と情動はもちろんだが一体となっていることが多い
本来一体になっている場合もあるし
情動が不安定になれば不安も生じるだろうから付随的な場合もあると考えられる
うつもそうも伴わない純粋不安があるだろうがどの程度の頻度であるだろうか
多分少ないのではないか
また不安を伴わない気分変動はどの程度あるものだろうか
少なくとも、うつになれば未来や対人関係に不安を感じるだろうと思うが、そういったものは二次的なものと説明できるように思う
問題なのは、脳の内部で、うつの回路と不安の回路を分離できるかということだ
DSMは分離できるとして押しているのだが果たしてそうだろうか
セロトニンとGABAと便宜的に教えられるが、そうなのだろうか
薬剤が不安にもうつにも効いてしまうのはどうしてなのだろう
うつに効くから二次的に不安にも効くということでいいのだろうか
印象としては不安の方が行動理論や学習理論と直結していて行動療法的な治療にも馴染む感じがある