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長生きし過ぎたのが、悪かったのか

住人 女性・89歳
物件 駅から徒歩25分の2階建てアパート
広さ 約29平方メートル
家賃 5万3700円
 アパート2階の自宅に帰るとき、東京都葛飾区の飯田さいさん(89)は、手すりを両手でつかんでゆっくりと急な階段を上がる。暮らしたことのなかった街に、ようやく見つけたこの部屋で、昨年6月から一人で暮らす。
 つましい和室にある目立った家財は、こたつと座椅子ぐらい。壁には両親の写真と、わずかな額だけが飾られている。
 額を見上げ、飯田さんは言う。「これ以外の大切なものは全て、なくなってしまった……」
     ◇
 「このアパートは老朽化したので、取り壊します」
 「終(つい)のすみか」と思って長年暮らしてきたアパートの大家から、突然の退去通知を受けたのは、2016年10月のことだった。
 70歳まで助産師として働いたあと、わずかな年金と蓄えを頼りに、風呂もないその部屋に住み始めた。やがて蓄えは底をつき、生活保護に。それでも近所づきあいが楽しく、駅に近くて友人が遊びに来やすいことも気に入っており、細々と暮らしてきた。ささやかな幸せを突き崩す、87歳で受けた退去通知だった。
 仕方なく、新居探しで不動産屋を訪ねた。たった一つの望みは、なじみのあるこの街に住み続けること。でも、見つからなかった。理由は、90歳に近い年齢。何十軒まわっても、同じだった。
 もう私には、住める場所はないのか。不安で、心臓がどきどきした。部屋にいても落ち着かず、お酒で気持ちをまぎらわせた。どこに行っても、年が、年が、年が――。飯田さんは思い詰めた。
 「長生きし過ぎたのが、悪かったのか」


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