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人は”概念の囚人”である。脳は生存のために現実の断片のみを認識する

 「百聞は一見にしかず 」ということわざがある。これは何度くり返し聞いても、一度でも実際に見ることには及ばないうという意味だが、実はそうとも言い切れない場合もある。

 数百万年にわたり、オーストラリアに生息するタマムシはその生殖戦略を効果的に受け継いでいった。ところが人類がビールの空き瓶を捨てはじめると、ビール瓶とメスの体を区別できなかったオスのタマムシは、瓶との交尾を試み始めた。

 「そしてほぼ絶滅してしまいました」 カリフォルニア大学アーバイン校の認知科学者ドナルド・ホフマン氏はそう説明する。単純な生物が正確な知覚システムを有していなかったとしても、驚きはしないかもしれない。だがそれは高度に進化した人類とて例外ではないというのだ。そればかりか高度になればなるほど、断片的な情報で現実を処理し、エネルギーの節約をはかっているという。

 「進化とは真実を知るためではなく、子孫を残すためのものです。複雑に入り組んだ情報を処理すれば、カロリーを消費します。それはもっと殺して食わなければならないということです。そのため、現実のすべてを見ている生物は、適応という点で言えば、生きる上で必要なものしか見えない生物よりも劣るということになります」とホフマン氏。

現実とは違う世界を作り上げる脳の戦略

 標準的な視覚はカメラに似ている。物体に反射した光から映像を得る。しかし、網膜に当たった光と、そこから私たちが認識する三次元で描き出された物体の間には、数十億もの神経細胞と数兆ものシナプスが関与している。

 そのため、エネルギーの消費を抑えるために誤魔化しているかもしれない。だが、現実のあり方とは違う世界の姿を作り上げたとして、それがどう有利になるのだろうか?

 ホフマンはPCのデスクトップの比喩を好んで使う。「文書を開くには青の四角いアイコンをクリックしますが、ファイル自体は青く四角いものではありません」

人間の知覚システムは概念の牢獄

 同様に、私たちが目にしている物理的な物体はただのシンボルにすぎない。そして、物体が存在しているかのように見える時空は、客観的な現実を超えた特定のインターフェースのデスクトップの上と同じだ。あらゆるインターフェースと同じく、基本構造との因果関係の中に立脚していなければならないが、それだけに似せない方が一層役にたつ。

 私たちの知覚を疑うことは簡単ではない。「人間の知覚システムは世界の窓です。同時に概念の牢獄でもあります」とホフマン氏は頷く。

 「時空の外側にある現実を想像することは困難です。ですが、数学なら牢獄に開いた隙間を広げることができます。私には多次元空間を思い浮かべることができませんが、数学的な形で無限の次元区間を処理できます」

 数学の助けを借りることで、この知覚の牢獄の存在の認識を解放し、それを超える世界に関する新しい理論を形成する。ホフマンは知覚から形成された宇宙観にある2つの矛盾を指摘する。これはその下にある現実の構造に関する手掛かりとなるかもしれない。

知覚から形成された概念の矛盾

 1つ目は、意識体験を説明できないことだ。例えば、神経細胞と化学伝達物質という物理的物質から、いかにしてチョコレートの味のような感覚を得ているのだろうか? 
2つ目は、観測されていない粒子の状態は無限であるという量子力学の解釈についてだ。これは見ていようが見ていまいが物体は永続的に存在するという仮定をぐらつかせる。

 どちらのケースでも、意識は物理世界の知覚から得た法則を逸脱しているかのように思える。そこでホフマンはこう論じる。仮に知覚システムの進化が、物理世界は私たちが認識するように存在すると信じる根拠とならないのであれば、おそらく私たちは方向を逆転させて、意識自体から始めるべきなのだ、と。それは現実の基本的な実体であり、そこから物理世界が生じている。

意識主体のネットワークから探る知覚世界

 「意識体験の一側面として、経験者がいなければその経験を得られないらしいことが挙げられます」とホフマン。彼はこれを知覚、意思決定、行動の3つの情報チャンネルで構成されると考えている。それぞれが入力から出力までの地図となる。

 古典的な物理世界観では、知覚チャンネルへの入力は物体から反射する光で、行動チャンネルの出力はこの物理世界に働く変化である。

 こうした見方から物理世界を切り出すために、彼はその主体を互いに繋ぎ合わせる。ある主体の知覚の入力は他の主体の行動の出力で、ある主体の行動の出力は他の主体における情報の変化である。

 ホフマンによると、現実は意識主体のネットワークである。このネットワークの力学を研究することで、その相互作用が私たちが認識する世界の知覚へと構築されるあり方を理解することができる。

 もちろん、現実はいくらでも別の姿をとりうる。経験主義的な証拠は単一の理論を完全に作り出すには常に不十分で、ホフマンも例外ではない。しかし、彼が協調するのは、問題はそれが明瞭かつ反証可能だということだ。「私が提唱しているのは、これに対するシンプルな数学的核心があるということです」と彼は言う。

 「今やらねばならないことは、このモデルから、時空、物理的物体、量子場理論、一般相対性理論を導き出せると証明することです。すなわち、私が宇宙における心と体の問題を解いたということを、です」


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