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複雑性悲嘆のための心理療法(Complicated Grief Treatment, CGT)グリーフケア

悲嘆とは?


大切な存在があるからこそ


人には皆、自分にとって意味がある大切な存在というものがあります。愛する家族や親しい友人はもちろん、住み慣れた土地や大切なペットも大切なかけがえのない存在となることでしょう。何かを失うことを「喪失」といいますが、大切な人を失ったことによって引き起こされる苦しいこころの状態や反応を「悲嘆」といいます。悲嘆は、喪失に対する自然な反応であり、昔から誰もが経験してきました。悲嘆はこころやからだ、行動などに変化をもたらします。深い悲しみや特別な痛み、取り残されたような寂しさや不安を感じたり、時にはやり場のない怒りとなって表れることもあります。眠れない、動悸がするといった体調の変化を感じたり、物事に集中できなくなったり、家に閉じこもりがちで外に出られなくなる場合もあります。一方で、大切な方を亡くしたことに対して、なぜ助けられなかったのだろう、もっと優しくしてあげればよかったといった自責の思いや罪悪感をもち、もう自分は楽しんだり笑ったりしてはいけないという気持ちになることもあるでしょう。知っておいていただきたいのは、このように体調や気持ちに変化が現れることはごく自然な反応だということです。同時に、悲嘆にはひとりひとり個人差があり、男性と女性、子どもと大人などでも異なります。そのため、同じ家族であっても悲しみの感じ方や感情の表現のしかたが違うことも知っておいてください。


悲嘆は時間とともに変化していくといわれています。人は喪失を経験すると、失ったことにショックを受け、悲しみに圧倒されてしまいます。しかし、亡くなった方のことを想うと同時に毎日の生活に向き合っていくことで、人は時間が経つにつれ徐々にその方を思いながら悲しみとともに生きることができるようになっていきます。



では、そのためにはどのように過ごしていけばよいのでしょうか。


まず、悲しい気持ちがわいてくることを受け止め、その気持ちを認めることが助けになります。さまざまな形で亡くなった方を思い出して悲しむ気持ちは自然なことなのです。その方の思い出の写真を見ながら誰かと語り合ったり、お墓参りに行くことも大切なことです。同時に必要なことは、大切な方のいない世界で、悲しみを抱えつつも新しい生活に取り組むことです。日々の生活を送りながら、時々悲しみを脇に置き、自分の楽しめることや新しく取り組めることを見つけていくことが役に立つでしょう。時には誰かに手助けを求めることも必要です。


この2つの過程をバランスよく行き来している間に悲嘆の過程は少しずつ進んでいきます。つまり悲嘆とは、ただ悲しみを感じるだけでなく、思い出とともに、新たに展開した自分の人生を生き続けることなのです。


  

複雑性悲嘆とは


悲嘆という言葉は、「悲しみ」、「嘆く」という2つの文字から成り立っています。悲しみとは、大切な何かを失った時に起こる「感情」のひとつです。もしあなたが深い悲しみを経験しているとするならば、失った対象があなたにとって大切で、つながりが強かったことを表しています。このような時、人は胸を痛め、涙を流しますが、古くから人はこのような時、悲しみを「共有」し、「表現」する、つまり「嘆く」ことをしてきたというのです。「嘆く」とはネガティブなイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそうではありません。葬儀や一回忌などの儀式は、共に悲しみを共有し、それを表現する場として人が集いますが、人はこのような期間を古くから伝統として守り通してきました。その理由のひとつは、ふと故人を思い出たり、新たな生活に取り組む中で、悲嘆が徐々に和らいでいくからなのです。


ところが、何らかの理由で、この悲しみがなかなか収まっていかず、生活に支障を来すことがあります。専門家たちは、この状態を複雑性悲嘆と呼んでいます。日本での調査研究は、死別を経験した2.4%くらいの人がこのような状態にあると報告しています。葬儀を終えて数年経つけれども葬儀のときと変わらない悲しみがある、故人への思いが強すぎるために生活が立ち行かないというような状態は、複雑性悲嘆である可能性があると言えます。複雑性悲嘆は、医療の中で病気として認識されてはいませんが、うつや自殺念慮などの心の面や、高血圧、心疾患などの身体面に影響することがあることから、回復には適切な支援が必要であるとの認識がもたれるようになってきています。米国精神医学会は、故人に向けられる思いが毎日続いている、死に対する感情が強すぎる、または麻痺している、それを避けたい思いが強い、これらのことが理由で社会生活や仕事に支障を来している、文化的に許容される悲嘆の範囲を超えているなどを複雑性悲嘆の症状にあたるとしています。


大切な存在を失う時に、悲嘆を経験することはごく自然なことであり、悲嘆に伴う心痛な感情への向き合い方や、喪失体験後の生活に戸惑いを感じることも決して珍しい事ではありません。ただ、なかなか先が見えてこず、あまりに辛い状況が続いているならば、安心して話せる方や、専門の精神医療や臨床心理の機関に相談してみるのも方法のひとつです。お一人だけで悩まず、適切な助けを得ていたくことが大変重要です。



複雑性悲嘆の治療


複雑性悲嘆の治療については、現段階ではお薬の有効性についてはっきりした結果は出ていません。現在、複雑性悲嘆に有効とされている治療は、悲嘆に焦点を当てた認知行動療法(感情を生み出す考え方に焦点を当てた治療)です。


まだ、日本でも諸外国でもこの様な認知行動療法は十分に普及しているとは言えない現状です。このHPでは海外で有効であると報告された治療(複雑性悲嘆のための心理療法 Complicated Grief Treatment,CGT)について紹介しています。


もちろん、通常のカウンセリングが有効ではないということではありません。信頼できるカウンセラーと悲嘆のカウンセリングを行うことで、悲嘆を滞らせている要因を軽減し、自然な悲嘆に導くことは十分可能なことだと思います。CGTのような認知行動療法は、そういった変化をより焦点を当てた形で治療を行うことで、速やかな回復に導くと考えられます。また、複雑性悲嘆には、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)などが合併していることも少なくありません。このような合併する疾患の治療を行うことも重要です。


(複雑性悲嘆という翻訳語の選択についてはいろいろな見解があると思う)

出典
http://www.j-cgt.jp/


http://jdgs.jp/4professionals/pg272.html

強い悲嘆(グリーフ)が長く生活に影響が大きくなる場合、さまざまなこころのサポートが必要になりますが、医療機関や心理相談機関になかなか通うことのできない人も多いのが現状です。現在、「書くこと」を通じて進める心理療法が開発されつつあります→複雑性悲嘆のための筆記療法プログラム

ーーー以下参考文献


死別の悲しみに向きあう~グリーフケアとは何か

坂口幸弘

講談社現代新書2013年

 

リジリエンス~喪失と悲嘆についての新たな視点~

ジョージ・A・ボナーノ

訳者高橋祥友

金剛出版2013年

 

グリーフケア 死別による悲嘆の援助

高橋聡美

メジカルフレンド社2012年

 

対象喪失

小此木啓吾

中央公論社1979年

 

デス・スタディ-死別の悲しみとともに生きるとき

若林一美

日本看護協会出版会1989年

 

母子関係の理論(2)【改訂新版】分離不安

ジョン・ボウルビィ、黒田実郎、岡田洋子、吉田恒子(訳)

岩崎学術1991年

 

母子関係の理論(3)【改訂新版】対象喪失

ジョン・ボウルビィ、黒田実郎、岡田洋子、吉田恒子(訳)

岩崎学術1991年

 

死別の悲しみを癒す一仏教者の立場から

大山仁快

近代文芸社1996年

 

こころの旅路-死別の悲しみをこえて

エリザベス・コリック、長田光展(監訳)

新水社1997年

 

生きる心理死ぬ心理

石川弘義

毎日新聞社1997年

 

死別の悲しみを癒すアドバイスブック

キャサリン M. サンダーズ、白根美保子(訳)

筑摩書房2000年

 

悲しみを超えて-愛する人の死から立ち直るために

キャロル・シュトーダッシャー、福本麻子(訳)

創元社2000年

 

死別の悲しみを超えて

若林一美

岩波現代文庫2000年

 

突然の死 そのとき医療スタッフは

ボブ・ライト、若林正(訳)

医歯薬出版株式会社2002年

 

喪失体験とトラウマ-喪失心理学入門

ジョン H. ハーヴェイ、和田実、増田匡裕(訳)

北大路書房2003年

 

家族指向グリーフセラピー-がん患者の家族をサポートする緩和ケア

デイビッド・キセイン、シドニー・ブロック、青木聡、新井信子(訳)

コスモス・ライブラリー2004年

 

「さよなら」のない別れ 別れのない「さよなら」-あいまいな喪失

ポーリン・ボス、南山浩二(訳)

学文社2005年

 

人生のリ・メンバリング-死にゆく人と遺される人との会話

ロレイン・ヘツキ、ジョン・ウィンスレイド、小森康永、石井千賀子、奥野光(訳)

金剛出版2005年

 

<突然の死>とグリーフケア

アルフォンス・デーケン、柳田邦男(編)

春秋社2005年

 

高齢者の喪失体験と再生

竹中星郎

青灯社2005年

 

悲しみから思い出に-大切な人を亡くした心の痛みを乗り越えるために)

ケイ・ギルバート、大石佳能子(訳)

日本医療企画2005年

 

<大切なもの>を失ったあなたに

ロバート A. ニーマイアー、鈴木剛子(訳)

春秋社2006年

 

心的トラウマの理解とケア(第2版)

金吉晴

じほう2006年

 

喪失と悲嘆の心理療法-構成主義からみた意味の探究

ロバート A. ニーマイアー、富田拓郎、菊池安希子(訳)

金剛出版2007年

 

「悲しみ」の後遺症をケアする-グリーフケア・トラウマケア入門

小西聖子、白井明美

角川学芸出版2007年

 

死別の悲しみに寄り添う

平山正実(編)

聖学院大学出版会2008年

 

愛する者の死とどう向き合うか-悲嘆の癒し

カール・ベッカー(編)、山本佳代子(訳)

北大路書房2009年

 

セルフヘルプ・グループの自己物語論-アルコホリズムと死別体験を例に

伊藤智樹

ハーベスト社2009年

 

「かなしみ」の哲学-日本精神史の源をさぐる

竹内整一

日本放送出版協会2009年

 

愛する人を亡くした時(新版)

E.A.グロルマン、日野原重明(監訳)

春秋社

2011年

 

ナースが寄り添うグリーフケア-家族を支え続けたい

宮林幸江、関本昭次

日本看護協会出版会

2010年

 

悲嘆学入門-死別の悲しみを学ぶ 

坂口幸弘

昭和堂2010年

 

死別の悲しみから立ち直るために

平山正実(編)

聖学院大学出版会2010年

 

悲しみにおしつぶされないために-対人援助職のグリーフケア入門

水澤都加佐、スコット・ジョンソン

大月書店2010年

 

夫の死に救われる妻たち

ジェニファー・エリソン、クリス・マゴニーグル、木村博江(訳)

飛鳥新社2010年

 

悲嘆とグリーフケア

広瀬寛子

医学書院2011年

 

悲嘆カウンセリング-臨床実践ハンドブック

ジェームス W. ウォーデン、山本力(監訳)

誠信書房2011年

 

死別の悲しみを学ぶ

平山正実(編)

聖学院大学出版会2011年

 

死別の悲しみに向き合う

トーマスアティッグ、林大(訳)

大月書店1998年

 

癒しとしての痛み―愛着、喪失、悲嘆の作業

N. レイク他、平山正実(監訳)

岩崎学術1998年

 

死別の悲しみの臨床

ジョージ M. バーネル他、長谷川浩、川野雅資(訳)

医学書院1994年


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複雑性悲嘆とは?
 
複雑性悲嘆とは「その文化において通常期待される範囲よりも、悲嘆に関連する症状の強度と持続時間が過度であり、それによって実質的な生活の支障をきたしている状態」であると言えます。この臨床的状態は、遷延性悲嘆、外傷性悲嘆、病的悲嘆など様々な用語が当てられ、研究者によってその定義も様々でした。現在(2014年1月現在)、臨床現場において利用されている医学的な診断体系においては、複雑性悲嘆は“病気”とは見なされてはおりません。
DSM-5においては“持続性複雑性死別障害Persistent complex bereavement disorder”として、今後の研究が必要なものとして位置づけられています。しかし、複雑性悲嘆については広く研究がなされており、その結果、複雑性悲嘆は心理社会的なケアが必要な状態として捉えられるようになっています。これまでの様々な調査から、死別を経験した人の2〜20%がこの状態になる可能性があると考えられます。
 
複雑性悲嘆は他の心身の疾患や生活機能の悪化につながることも、研究によって明らかになっています。例えば、強い悲嘆が半年以上続いている複雑性悲嘆の人は2,3年後も同じように強い悲嘆の状態にある可能性が高いことが報告されています。他にも、複雑性悲嘆はうつ病や心的外傷後ストレス障害といった精神疾患や、高血圧や心疾患などの身体疾患、さらには、生活の質の悪化や自殺念慮の高まりにつながることが報告されています。このように、複雑性悲嘆はそれ自体がとてもつらい状況であると同時に、様々な健康リスクにつながることがわかってきました。
 
また、複雑性悲嘆は抑うつやPTSDの症状とは明確に区別されること、複雑性悲嘆の人に特有の脳の機能変化が見られる可能性があること、複雑性悲嘆に焦点を当てた心理療法によって複雑性悲嘆を和らげることができることがわかってきました。これまでの研究では、複雑性悲嘆を測定する尺度として、19項目からなる複雑性悲嘆質問票(Inventory of Complicated Grief; ICG)が最も頻繁に使われています。研究上では、操作的には、ICGの得点が26あるいは30点以上をもって複雑性悲嘆とみなす研究がほとんどです。また、スクリーニング用の尺度としては、5項目からなる簡易版悲嘆質問票があります。どちらの尺度も、日本語版を当研究グループで作成し、信頼性と妥当性の検討を進めています。
 
 
複雑性悲嘆の治療とは?
 
近年報告された複雑性悲嘆のメタアナリシス(Wittouck et al, 2011)から複雑性悲嘆に対して有効だと考えられている治療法は、いずれも複雑性悲嘆をターゲットにデザインされた個人の認知行動療法です。代表的な治療としてShearら(2005)、Boelenら(2007)、Wagnerら(2006)が開発した認知行動療法があげられます。Wagnerらの治療法は、インターネットを用いて行うため、治療場所が遠い遺族などが利用することが可能です。これらの治療は、悲嘆や複雑性悲嘆に対する心理教育、死別体験への曝露、故人の思い出の整理、故人のいない世界への適応の要素が含まれています。現在、私たちは、Shear博士の開発した複雑性悲嘆のための心理療法(complicated grief treatment, CGT)及びWagner博士の開発したインターネットを用いた筆記療法の治験や治療法の研修を行っていますので、これらの治療は日本で受けることができます。
 
複雑性悲嘆に対する薬物療法の研究も行われています。三環系抗うつ薬ではうつ症状の改善はありましたが、悲嘆の症状には改善が見られませんでした(Pasternaket al., 1999)。また、近年SSRI(escitalopram)(Zisook et al., 2001)やSNRI(bupropion)(Hensly et al., 2009)を用いて行われた研究では、抑うつ症状だけでなく複雑性悲嘆症状の改善が見られました。しかし、これらの研究はすべてオープントライアルであるため、薬物療法の効果が十分検証されたとは言えない段階です。

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