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「自分にあった仕事」なんてありえない、ということです。 たまたま就いた仕事で人間が育っていくのであって、そしてそれが自分に適職になっていくのであって、すでにある仕事に鋳型みたいにはまる世界ではないと思います。

収録

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「自分は自分以外にはありえない。君になんの不足もないよ」と、人をうらやむなと語りかけたい。
他人は他人であり、自分は他人にはなれない。そして、自分の足でしか歩けないんだから、他人の話を聴いても「なーんだ、やっぱり自分がいいよな。」と感じて帰ってくれたら嬉しいんです。


だいたい、みんな間違っているんじゃないかと思っているのは、「自分にあった仕事」なんてありえない、ということです。
たまたま就いた仕事で人間が育っていくのであって、そしてそれが自分に適職になっていくのであって、すでにある仕事に鋳型みたいにはまる世界ではないと思います。

自分探しなんて玉葱をむくようなもので、求めれば求めるほど実態がないものですよ。

それよりは、付き合ってみようよと。たまたま出合ったその仕事や、そこで出会った人と付き合ってみようよと。いつのまにか自分がその環境に育てられて、いっぱしの人間になったら、それを「成長」というんです。


人ってそもそも、仕事だけに関わらず「好き」とか「嫌い」とか言うことに、どれくらいのエネルギーを注いで言っているんでしょうね。「嫌い」になったことにも、当然きっかけがあるのだから、それなら「好き」に変わることもある。


「好き」は、入り口にすぎないんですよ。好きなことを仕事にするということは、それはそれで良いことだと思います。その門を叩いてみうようと思うのは悪いことだと思わない。

でも、その仕事の中で成長していけるかどうかは、別の話です。自分が動くから人が動くんです。自分が動くから、いろんな可能性が動くんです。

今の置かれてる環境で何ができるか考えるほうが、簡単じゃないですか。発想を変えるだけでこの世界が変わるんであれば、そのほうがいいじゃないですか。
辞表を提出する煩わしさはないし、この世界はちょっと視点を変えたり、自分の立ち位置を変えるだけでまったく違う世界に見えると思うんです。ただ、そういうふうに自分を動かせるかどうか。





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