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第2章 妄想性パーソナリティ障害 Paranoid Personality Disorder PPD

第2章 妄想性パーソナリティ障害 Paranoid Personality Disorder PPD
 
ポイント
・妄想性パーソナリティ障害患者はすべての人が自分に危害を加えようとしていると思っている。信頼は限定的である。
・PPD患者は自分の性的パートナーに疑惑を抱き、すべての人の忠誠心に疑いを抱く。
・PPD患者は人を許さない。単純な状況に隠された意味を読み取る。
・他人を疑う理由は全くないかほとんどないにもかかわらず、疑う。

パラノイドだから騙されるんだ ---unknown

妄想性パーソナリティ障害患者を扱うときは心がくじかれる。
どんなに一所懸命になって信頼を得ようと思っても、多分成功しないだろう。
彼らはあなたを信用しない。
むしろ彼らはあなたが彼らを騙そうとしているのではないかと疑うのだ。
どんなに親切な意見も悪意あるものと受け取られる可能性がある。
精神療法は困難だし、薬を調合しても無駄である。
彼らの敵意と怒りは他人に投影されて、他人が敵意を抱いて怒っていると解釈される。

我々精神科医は何度も何度も質問に答える。患者は「あなたはどこに住んでいますか」と問い、我々は「私がどこに住んでいるかがどのようにあなたの治療に関係あるのですか?」と答える。
特に精神分析医は、患者のどんな質問も患者について何かを教えてくれるものなのだから、それを知れば充分であって、質問には答えるべきではないと教えられてきた。
妄想性パーソナリティ障害患者を扱う時は、患者の質問に対して質問で答えていると、ますます疑惑を深めるだけなのだ。
従って、妄想性パーソナリティ障害患者が上の質問をしたら、「近所に住んでいます」と答えよう。
真正面から答えれば、治療同盟が築けるかもしれない。
もちろん、正確な住所を知りたがるなら、それは不適切だと言っていい。
患者は無意識的に、自分が感じているとおりにあなたに感じさせようとしている。
患者を治療していて妄想性だと感じたら、妄想性パーソナリティ障害について考え始めると同時に、シゾフレニーや他の精神病を除外する事が必要である。

ヒント
妄想性パーソナリティ障害患者に対しては常にできるだけ正直に対応しよう。もし患者が正しいと思うことについて語るなら、正面から否定するだけでは事は済まない。

症例スケッチ

シンディ、49歳、ある夜、激しい腹痛。救急車を呼ぶ前に自分で何とかしようとした。制酸剤、湯たんぽ、深呼吸。結局どうしようもなくて諦めて、救急車を呼んだら緊急治療室に運ばれ、そこからさらにオペ室に連れて行かれて緊急虫垂炎切除術を受けた。オペが成功した次の日、彼女は外科医に聞いた。「本当に手術が必要だったって確信はある?」外科医は驚いて「私はあなたの命を救ったんですよ!」と答えた。
シンディは退院になる前にあらゆることを考えてみた。ナースや他のスタッフに質問し、彼らが彼女の疾病保険のお金を狙って不必要なオペを強要したのではないかと疑惑を抱いた。彼女は誰に対しても怒り、病院を告訴すると脅かした。
シンディの不信と疑惑から彼女は明らかに妄想性パーソナリティ障害と診断される。

命に関わるかもしれない虫垂炎だったとしても、それを他人の悪企みではないかと解釈して、彼女は医者に行かずに我慢しようとしたし、医者に行けば行くでひどい目に会うかもしれない。常に他人の悪意や企みが予想される。
 
成人初期までに、シンディは人々が彼女を利用して騙そうとしていると確信していた。その結果、彼女はたいていの人に避けられていた。例外は20代の短い期間、性的関係にあった時だが、そのときも彼女は、セックス・パートナーたちは信用出来ないといつも信じていた。彼女はそのうち病院を恨むのに飽きて、弁護士に訴訟の相談をした。弁護士は現実に何の損害も生じていない事を指摘して裁判にはならなかった。

キーポイント
患者が妄想を抱いていたら、妄想性パーソナリティ障害ではなくシゾフレニーの可能性が高い。妄想性パーソナリティ障害の場合、短期精神病性エピソードはあるだろうが、幻覚妄想状態が続く事はまれである。

Ⅰ軸診断は双極性障害で躁状態となるだろう。患者にはいろいろな色の沢山の顔が見えて、彼らが話しているのが聞こえている。あなたは最新の抗精神病薬を処方して一週間すると幻聴は消えている。しかし不幸なことに彼女はあなたを疑い他の誰をも疑っている。彼女はいつも他人を疑ってきたし、単純な状況にも隠された意味を読み取るのだとあなたは気がつく。この場合は、あなたはカルテにこう記す。Ⅰ軸:双極Ⅰ型、躁状態、Ⅱ軸:妄想性パーソナリティ障害。
PPDやその他のパーソナリティ障害の診断をするときには、うつ病や精神病の診断ほど素早くはできない。患者を何度も診察し治療しながら、彼らがどのような思考感情行動パターンにとらわれているのか考えることになる。そのあとでパーソナリティ障害の診断が可能になる。
DSMIV-TRではPPDの診断には次の項目の4つ以上を満たすことが求められている。
1.充分な根拠がないのに、他人がたくらみ自分に危害を加え欺くのではないかと疑っている。
2.友人や同僚の忠誠心や信頼性を理由もなく疑うことで心が一杯になっている。
3.情報が悪用されるのではないかと根拠なく恐れて他人を信用しない。
4.親切な意見に隠された悪意を読み取ったり強迫的な意味を見いだしたりする。
5.恨みを抱き続ける。侮辱、傷つけ、軽蔑を許さない。
6.他人には分からない、人格や評判についての攻撃を感知する。そして即座に怒りで反応し反撃する。
7.配偶者や性的パートナーの貞節に関して、正当な理由なく繰り返し疑惑を抱く。

キーポイント
PPDは個人的対人関係や親密な対人関係で極端な困難を経験する。

PPD患者が治療を求めて来院するとき、多くの場合は、大うつ病などのⅠ軸診断で苦しんでいる。
Ⅰ軸診断の症状が激しいので、パーソナリティ障害はすぐには分からない。
あなたはうつ病の治療として抗うつ剤と週に一回の精神療法を用いる。
患者は最終的にはよく眠れて、食欲も改善し、気分もよくなる。しかし彼らは依然として疑い深く信用しないことにあなたは気がつく。患者は依然として恋人も重要な他者も見つけられない。その時点であなたはⅡ軸のパーソナリティ障害について考えはじめる。

もし彼らが奇跡的に実際にデートしようとしているならば、問題が起きるだろうから準備をしたほうがいい。みんなが信用に値せず何かを企んでいるとの訴えを聞くことになるだろう。
PPD患者は幻滅する運命にあるし、新しい友人を信用しない。もっとも可能性のある結末は、関係は破れて、患者はまた一人きりになることだろう。

多くのPPD患者にとって職場は困難である。ただコンピュータに向かって他人と何も交流しないならやっていけるだろう。
会議に出なければならなくなったとすれば、患者は同僚に生け贄にされて、馬鹿にされると感じているだろう。
患者はいつもの問い合わせでも隠された意味を感じないわけにはいかない。
PPD患者は容易には他人を許さない。入念な復讐の計画を練る。
そのプランを実行しないように彼らを説得しよう。
あなたは現実的な検証をすることで彼らを助けることができる。職場のいざこざの詳細を検討して妄想性の思考が対人関係能力を妨げていることを指摘することができる。

PPDは全人口の0.5%から2.5%に見られると考えられている。
彼らは精神科医に会おうとしないことが多い。それほどに他人を信用しないのである。しかし不安症状、うつ病、精神病があるときには治療を求めるだろう。偏屈な人や変わり者の中にたくさんPDD患者がいる。

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全般的診断基準

全般的診断基準は以下の6項目からなります。

次のうち二つ以上が障害されている。
認知(自分や他人、出来事を理解し、考えたりすること)
感情(感情の反応の広さ、強さ、不安定さ、適切さ)
対人関係
衝動のコントロール
その人格には柔軟性がなく、広範囲に見られる。
その人格によって自分が悩むか社会を悩ませている。
小児期、青年期から長期間続いている
精神疾患(シゾフレニー、気分障害など)の症状でもない。
薬物や一般的身体疾患(脳器質性障害)によるものではない。


DSM‐Ⅳによる妄想性人格障害(Paranoid Personality Disorder)の診断基準
全般的な疑いの深さの傾向が成人期早期までに始まり、種々の状況から明らかになる。人々の行為や出来事を故意に自分をけなしたり脅かすものと不当に解釈する。それは以下の7つの基準のうち、少なくとも4項目以上があてはまる。
1. 十分な根拠がないにもかかわらず、他人が自分を利用したり危害を加えようとしていると思い込む。
2. 友人などの誠実さを不当に疑い、その不信感に心を奪われている。
3. 何か情報を漏らすと自分に不利に用いられると恐れ、他人(友人)に秘密を打ち明けようとしない。
4. 悪意のない言葉や出来事の中に、自分をけなしたり脅かすような意味があると思い込む。
5. 侮辱されたり傷つけられるようなことがあると、深く根に持ち恨みを抱き続ける。
6. 自分の評判や噂話に過敏で、勝手に人から不当に攻撃されていると感じ取り、怒ったり逆恨みしたりする。
7. 根拠もないのに、配偶者や恋人に対して浮気や不倫の疑いを抱く。

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おおむね、妄想性パーソナリティ障害の場合は、本人ではなくて周囲が深く悩む感じではある。
そして悩んでも解決が見つからないのも通常である。どのように考えたとしても説得したとしても、結論は同じ。むしろ、弁明の分だけ状況は悪くなるようだ。

一番簡単な説得は「それであなたが幸せになりますか」というものだろうが、もうその時点では幸せなんか問題ではなくて、疑惑だけが心を占めているのだと思う。
 
病理としてはシゾフレニーに近い感じはするので、薬剤が効くものかどうかと思うが、ちろん、彼らは薬剤は拒否する。薬剤は典型的な迫害であり、はかりごとである。
それでは、精神療法はどうかと言えば、結局は彼らは自分の判断回路をオープンにしない。他人に何か意見を言われるが、そのとき、すべての意見は疑惑の対象になってしまい、自分の判断回路に影響を与えるものではないのだ。
精神科医にとって、すべての患者の言葉は分析の対象であるのに似ていて、妄想性パーソナリティ障害患者にとって、他人の言葉のすべては、疑いの対象になる。
だから、「あなたはどこに住んでいますか?」と聞かれて、「そのことと治療とどんな関係がありますか?」と聞き返すのは、実に精神構造として似ていなくもない。
さらに患者が「その質問は治療に役立つんですか」とさらに前の質問を対象化することも考えられる。
かたや、すべてを分析の対象として、かたや、すべてを疑惑の対象とする。
そして誰も幸せにならない。 
 
そう、誰も幸せにならないのに、なぜ、というのが根本の疑問である。
知能が低いわけでもない。
ただ頭の中の天秤が大きくずれている。

誰の説得も無効なのはなぜなのだろう。
 
 
存在は確かに認知されているものの有効な手段は乏しい。
逆に、この人たちがどのようにして安定するのか、どのようにして幸せになるのか、研究したいものだと思う。 
 
やむを得ずしているに違いないのだが、
それでも、どこか、一部、幸せを感じているのではないだろうか。
だから続けるのではないだろうか。
その幸せが誰にも分からない。 
 
 


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