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孤独死する男性は「女性の3~4倍」現場を見てわかった切ない理由

孤独死する男性は「女性の3~4倍」現場を見てわかった切ない理由
 年間孤独死約3万人、孤立状態1000万人――。それがわが国が抱えている偽らざる現実だ。
 筆者は特殊清掃現場を取材することで、孤独死という現象と向き合ってきた。その壮絶な「死」の現場から見えてきた日本社会が抱える問題点をリポートする。
妻を亡くして
 武蔵シンクタンクの塩田卓也氏は、原状回復工事に関わって10年以上になる。
 この日、塩田氏は関東某所の賃貸マンションに向かっていた。そこは築50年は下らない鉄骨造の四階建てのすすけたマンションだった。ベランダや廊下は塗装が剥がれていて、一見廃虚のようだ。
 マンションを囲むように作られたコンクリートの外構部分は、その上部まで大量のごみで溢れていて、足を踏み入れることとすら難しかった。一部の生ごみには野良猫たちが群がっている。このマンションは、近所でも有名な猫屋敷として知られていたようだ。
 共有部分の廊下にもビニール袋に入ったゴミが幾層にも山積している。ゴミの中はコンビニの弁当のプラスチックや、スーパーの総菜の食べかすなどで、独特の腐敗臭を放っていた。亡くなったのは、この物件の持ち主で、70代の大家の男性である。
 このマンションの居間の一室で、ゴミの中央に埋もれるようにして、男性はひっそりと孤独死していた。
 遺族の話では、男性の様子がおかしくなったのは、数年前に妻を亡くしてからだった。
遺品から伝わる妻への愛情
 最愛の妻が他界して、寂しさが募ったのか、男性は妻の遺品を居間に集めるようになった。そして妻の写真を部屋の壁一面に貼り、それと同時にふさぎこみ、家にゴミをため込むようになる。
 近所への食料品の買い出しなどには出るが、外出は最低限で、ひきこもりのような生活をするようになっていったという。
 塩田氏は、何とか廊下を抜けて、男性が生活していた物件の部屋にたどり着いた。
 一室のドアを開けると、大量の蠅が塩田氏の顔面にぶつかってくる。まず視界に飛び込んできたのは、天井までうずたかく積もったゴミの山だった。その隙間をゴキブリがガサガサと動き回り、天井ではネズミが凄まじい勢いで駆け抜けていく。壁にはカビがびっしりと生え、壁紙が所々はがれてヤニがこびりついていた。
 辺りは食べ物の腐敗臭と死臭が入り交じり、プロである塩田氏でさえも、呼吸が苦しくなるほどの臭いが部屋の中に充満していた。塩田氏はすぐに状況を把握したようで、天井まで達していたゴミの山によじ登り、上から要領よく徐々にゴミを外に搬出していく。
 「こんなところで、よく生活していらっしゃったな……」
 塩田氏は、そうつぶやいた。ゴミの上層は20枚ほどの女性物の肌着だった。その下には、高級百貨店の箱に入った女性物のカシミヤのセーターが20箱近く埋もれていた。
 「きっと故人様は最後まで奥さんの近くにいたかったんでしょうね」
 さらに書店の紙袋に入った未開封の雑誌があり、一番下は水のペットボトルとトマトジュース缶の層になっていた。トマトジュースの缶は重さで潰れ、中は錆びていた。塩田氏らの手によってごみが全て撤去されると、茶色くすすけた壁がようやく露になった。壁のいたるところには穴が開いていて、ネズミの住処になっていた。
「緩やかな自殺」へ向かう人たち
 近所の住民の話では、夫婦はこの賃貸マンションを経営する大家で、妻は町内でも人気者だったが、一方の男性は、寡黙で内向的な性格だったという。マンション自体、手入れが全く行き届いていなかった様子で、男性の妻が亡くなってから、入居者も募集しなくなった。
 男性にとって妻の存在は、計り知れないほどに大きいものだったに違いない。
 「孤独死の現場で長年仕事をしていますが、男性の孤独死は女性に比べて、3倍ほど多いんです」
 と塩田氏は語る。
 妻との死別後、孤独死する男性は少なくない。伴侶を失ったという精神的ショックももちろん大きいが、男性のように妻を媒介にして社会と接点を持っていた人の場合、妻という拠り所がなくなると生活が荒れたり、ゴミを出す気力すら奪われる「セルフネグレクト」(自己放任)という状態になりやすい。
 セルフネグレクトに陥ると、部屋がゴミ屋敷化したり、不摂生、医療の拒否などで健康を維持することができなくなるため、別名「緩やかな自殺」とも呼ばれている。
 親族との死別や離婚、退職などをきっかけにして、精神的にも肉体的にも一気に崩れ落ちてしまうのだ。このセルフネグレクトが、孤独死の原因の8割を占めるとも言われている。
孤独死における「男女比率」
 2019年5月17日に一般社団法人日本少額短期保険協会孤独死対策委員会が発表した第4回孤独死現状レポートによると、孤独死する人の男女の人数比率は、およそ8対2で男性の方がはるかに多い。
 さらに早期発見と言える3日以内に遺体が発見されるケースは、男性が38.5%で、女性は47.9%。30日以上遺体が発見されない割合も、男性は15.0%と、女性の10.7%に対して高い。男性は女性と比較すると、孤独死してもなかなか見つかりづらいという結果になっている。
 これまで筆者は孤独死の現場を数多く取材してきたが、その経験から言っても、男性は離婚や死別、会社組織からの離脱といった要因から一気に孤立し、セルフネグレクト、そして孤独死というルートを辿るケースがかなり多い。
 では、どうすればセルフネグレクトから脱することができるのか。妻と死別した男性の実例を紹介したい。
 行政書士を営む雪渕雄一さん(59歳)も妻の死後、セルフネグレクトから孤独死に陥りかけた一人だ。
 雪渕さんは、13年前に妻の直美さんと死別。その後全てのことがどうでもよくなり、自分を追い込むかのように、徹夜で過労死ギリギリまで働く生活が続いた。
 そのうち動悸が止まらなくなったが、不思議と自分が追い詰められているという感覚はなかったという。しかしかろうじて、このままでは本当に死ぬかも……と身の危険を感じ、心療内科を訪れると、「自律神経失調症」と「パニック障害」だと診断されたという。
立ち直れるケースは稀有
 セルフネグレクトから脱することができたのは、趣味の繋がりがきっかけだった。
 雪渕さんは妻の死後、趣味として絵画の収集を始め、ギャラリーのスタッフや作家と会話をするようになった。その中で、自分の体験を自然に打ち明けられるようになった。ある女性の画廊オーナーは、妻を亡くした雪渕さんの体験談を聞き、涙を流したという。
 自らの体験を他者に共感してもらえたことが転機になり、セルフネグレクトから抜け出すことができた。その後雪渕さんは会社を辞めて行政書士の資格を取得、今は自らの体験を生かしたいと資格を生かし、「終活」に関わる業務に携わっている。
 雪渕さんはかろうじて、趣味を通じて知り合った「人と人との繋がり」が支えになることでセルフネグレクトを自ら脱することができたケースだ。しかし残念ながら、それは稀有で恵まれた例だというのが、孤独死現場を長年取材している立場からの実感だ。
 孤独死に追い込まれる人は、前述したような様々な要因をきっかけにして、人間関係において立ち直れないほどにダメージを受け、社会から孤立しているケースがほとんどだからだ。特に、孤独死は近年社会問題となっている、中高年のひきこもりとも関連が深いとの実感がある。
 孤独死は、遺体の発見が遅れれば遅れるほど、腐乱して痛ましい状態になるだけでなく、階下まで体液が垂れて近隣住民がホテル暮らしを余儀なくされたり、遺族が高額な修繕費を大家や管理会社から請求されたりするなど、その後も数々のトラブルを招いてしまう。
 もちろん、一概に孤独死といっても、原因は個々の事情によって様々だ。しかし、孤独死の現場と向き合っていると、これだけの多くの人々が、日々誰にも看取られず亡くなっているという現実に打ちひしがれそうになる。
 国はまず孤独死をきちんと定義づけ、実態把握をするべきできないか。そして、国家ぐるみで対策を立てるべきときにきていると、思わずにいられないのである。


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