南シナ海で人工島を建設して軍事化を進める中国を「どうにかしてくれ」と米国に要請したが断られた
米国の病院で起きた内視鏡による薬剤耐性菌の感染
米食品医薬品局(FDA)は15年8月、米国の病院で起きた内視鏡による薬剤耐性菌の感染に関して、オリンパスが迅速な報告を怠ったとして警告書を出した。
地震の時、鳥は飛べばいいわけだから、全く慌てる必要はない
それなのに集団で慌ただしく飛んでいるのはなにかセンサーがあるのだろうか
原発が攻撃されるリスクには口を閉ざしている
トランプ支持のアメリカの人々語る
結局、馬鹿だアホだと言われても、総理大臣になった安倍は偉いわけだ。私達の負けなんだ。
認知的不協和
認知的不協和(にんちてきふきょうわ、英: cognitive dissonance)という言葉があるが
たんに
屁理屈とか言い訳とかのことでしょう
こんな用語を学術的に見せるしかない心理学は貧しい
さらに単に心理学の言葉を操るしか能力がないのに
脳科学者と自称するもの
どうかとおもう
「NHKですから」「お役所ですから」「政治家ですから」
NHKのLifeというお笑い番組で
「NHKですから」という人が出てきます
今回の激甚災害指定問題はまさに
「お役所ですから」という決めぜりふが似合います
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熊本の現場に派遣されていた副大臣が
政府の代表として指揮を執っていたんですね
それで河野大臣にテレビ電話で、
「皆さんのポケットマネーで私のところに食べ物いくらかでも送ってよ」と
頼んだら、河野大臣とか周囲の人がその副大臣のところに食料を送ったらしい。
でもね、熊本で政府の指揮を執る人が、僕はこれが足りないよと言って、
それに対して東京の政府の友達がポケットマネーで食料を送ったって
そんなテレビ電話
なんというアホな話
「政治家ですから」という決めぜりふがよく似合う
激甚災害 指定にあたっては、災害復旧に必要な金額の査定がまず必要
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義援金の行方
いつまでも腐らない ペットボトルのお茶
いつまでも腐らない
ペットボトルのお茶
飲んでみても特に変化はない
色も変化なし
健康にはどうか知らないが
災害用には保存性が良くて好適なんだろう
中央構造線の近くには鹿児島の川内原発や愛媛の伊方原発など、数多くの原発施設がある
激甚災害の指定 見送った
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熊本県の要請38万食よりコンビニ70万食が先に到着
コンビニの店頭に70万食が並んで、そのあとで38万食の救助食が熊本県に届いたらしい
しかも熊本県に届いた救助食は
だけどどのように分けてどこに送るか
手間取っているらしい
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役人というものは法律と前例で動く
つまり今回の地震がどの分類の災害なのか決定されるのが前提であるから、まだ動けない
どの役職の人が、どのように物資を分配して、最終的に被災者の元に届くか考えても、
役人としては、手順がある。
こういう仕事は役人には向いていないのだから、
民間で「災害救助総合会社」でも作っておいて、全部請け負います、任せておいてください、
としたいところだけれども、
そんな会社を作っても、活動機会が限られるので、だめなんでしょうね。
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あとは中央集権と地方分権の観点があるんだけど
予算の権限の問題があるので
地方分権も簡単ではない
物資の分配という問題は
非常にデリケートな部分がある
現実には大変な仕事だろうと思う
あらゆる想定が出来る
修羅場で人間の本性が出る
岸井成格 週刊文春 で語る あれこれ
もちろん、メディアリテラリーが大事、 簡単に騙されるのは自分の責任
もちろん、メディアリテラリーが大事、
簡単に騙されるのは自分の責任、
というのは分かるのだが
では実際に何を信じても良くて、何は信じてはいけないかをどうすれば判別できるというのだろう。
その判別の仕方さえ
メディアから学ぶのだから
原理的に無理だ
書物でも、先生や先輩でも同じこと
そうしたものの偏りや間違いをどのようにして知ることができるというのだろう
そして自分の理性に頼れという考えに行き着くが
自分の理性よりも高性能の理性を所有しているという他人をいつも見せられているので
理性を信じろということは、ごく一部の最高の理性(のふりをしている人)を
無批判に信じることと同じである
現代のベートーベン事件が分かりやすいと思うが
本物と偽物を見分けることが仕事であるはずの人たちが
そんな能力は全く無いことが
よくわかった
ただのインチキ商売だった
裾野の広い、比較的批判されにくい、しかしバカバカしいほどインチキな商売である
同じ構造が
かなり広い裾野で
広がっているのである
「おすすめできません」
前向きな人の嘘に騙されるな
生産的で現実的で前向き
しゃべる人がいないからインターネットに何でも書いてしまう
それは1gでも君が増えるってことだろう?僕は嬉しいよ!
言葉が出来なくて、長いアメリカ生活、さぞ不自由で
“深々と頭を下げながら内心ガッツポーズを取れる人が交渉の勝者だと考えます。”
アマチュアとプロの違いとは何か
棚の上が埃積もって汚いって話をしたら 「紙一枚敷いといて定期的に捨てればいいじゃない」
様々な症例の精神構造における 表層の類似と深層の類似を考える
表層の類似と深層の類似を考える
深層の類似というのは構造の類似のことである
深層の類似を深めていったところに自然科学が成立している
その際には適切な変数を設定して測定するという操作が重要である
またその先のこととしては宗教的思考があるのであるが
それは自然変数を超えたもので超越的思考というべきかもしれない
しかしながら自然科学的思考の外延として宗教的思考があることは間違いがないだろうと思う
ドイツでいわれた現象学や記述現象学のようなものは、私がよく理解していないだけだろうとは思うが
最終的には超越を持ちだして、実は最初から分かっていたのだと結論してしまう
それでは自然科学の外延とは言いがたい
経済学なども物理学を規範にして目指しているもののようであるが
まだ遥かに及ばない
何を測定すればよいかが勝負であるが
それが見つかっていない
大脳生理学に至っては経済学よりもまだ五里霧中である
そして心理学になれば
大脳生理学に日常用語や俗流心理学が混入して混乱の極みである
測定もなく印象を並べているだけである
ただ、その中に、深層構造の類似を鋭敏に察知して論じるものがあれば、
それは将来、大脳の物理学に通じるものになるかもしれない
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学問が発展してくると
数式の示すものが
現実にはどういうことになるのかというような議論になってくる
それは倒錯ではなく発展である
量子物理学のように早くそのようになりたいものであるが、
今のところは無理だ
何をどのように測定していいのかすら分かっていない
しかしその場合でも
人間の素朴で深い直感はあるものだろうと思う
2つの症例の間にある
深層構造の類似などはその直感の良い例であると思われる
実際には、深層とは言うものの、深層は一層ではない
どのレベルの深層であるかがまた問題になり
ひょっとしたらそれぞれの層での類似を議論することも可能であろう
類似を議論するのは、
片方の長期経過が知られている場合に、
深層構造の類似したもう一つの症例がある場合、
同じような経過を取るのではないかと、予想ができることからである
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深層の構造の類似が考えられるとして、
それは実は一つのことなのではないかと考えてみる
たとえば現在で言えば神経伝達物質とそのレセプターの話
また私の考えで言えばM細胞の休止と復活
などである
全体主義
自民党 安倍総理の言うとおりにする
NHK会長 内閣の言うとおりにする
安倍総理 私は総理大臣なんですから! 総理大臣の私が言うんですから!
正しさは理性によって生じると考えることが通常であるが
正しさが権威により生じると考えるのは権威主義であり、
権威主義は民主主義の対語である。
全体主義は個人主義の対語である。
政治学では全体主義は権威主義体制の極端な形とされる。
通常は単なる独裁や専制とは異なり、
「全体の利益を個人の利益より優先する」だけではなく、
個人の私生活なども積極的または強制的に全体に従属させる。
全体主義とは個人の全ては全体に従属すべきとする思想または政治体制。
日本国のためにはおまえなんか犠牲になれと言われて
言い返せないとすれば、それが全体主義。
菅官房長官「現状は原発停止する理由ない」
一旦止めればみんな安心するのにね
止めれば何も起こらないという意味ではないけれども
どちらかと言えば、慎重な態度をとったほうが賢明だと思う
止めないほうがいい理由があるならわかりやすく教えてくれるといいんですが。
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林氏は
という記事もあった。
うっかりすると冷たいシャワー
風呂に入っている時
うっかりすると冷たいシャワーを浴びてしまいます
注意すればいいだけなんですが
技術力でなんとかなりませんか
お願いします