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10年日記

私は自分のことをちょっとはまめなタイプの人間だと思っていたけれども
先輩の日記帳を見て驚いた

各年の同じ日付の日記を通覧できる形式になっていて
何年前のこの日は何をしていたかがすぐに分かる

10年日記だとスペースが足りないようで
一般的なノートを使用しているようだ

全部手書き
すごい執念です

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10年日記はPCでつければ長さも自由だし
一覧性もいいので
工夫のしがいがあるものだと思う

しかしあの、手書きの文字の執念にはかなわない感じがする
字の様子から何か立ち上ってくるような気がする

 



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心のできのいい人

心の良い人といっても広い意味があるけれども
単純に言えば思いやりがあって
他人の心の痛みがわかる人のことでしょうね

ところがここに問題があって
知性も感性も優れた人がいるとするでしょう
すると
普通の人よりもずっと広くとか深くとか考えたり感じたりするわけだ

するともう他人の心が本当にはわからない状態になりつつあるわけでしょう

他人の心がわかるというのは
他人というのはたぶん統計的に中央あたり
釣鐘状の分布の真ん中のあたり
高級品は買わないけれどもコンビニで一番売れるものをいつも買う人たち
試験をすれば典型的な間違い方を何度でも繰り返す人たち

そういう人同士が、そういう人同士だけで、了解できるんですね

最先端の芸術を嗜んでいる人たちは
原始的な人達のことを
説明はできるけれども共感できないし了解もできないわけ

そんな人達がボリューム・ゾーンを相手に商売しようと思っても
当然、ボリューム・ゾーンの気持ちなんかわかんないわけです

わからなくていいですよね
当然です

一般に他人の心がわかるとか共感できるとか了解できるというのは
自分がその立場に立ったらどう考えてどう感じるだろうか
と考えて
自分の心がどう動くか、自分の心そのものをモニターして、結論を出すわけでしょう

だから
一般人と同じように心が弱くて心が壊れているようでないと
一般人のことなんか分かりようがないわけ

かろうじて分かる方法があるとすれば
分析して説明するということで
それは犬の行動原理を科学として探るという立場に近いですね

共感が方法ではなく
測定が方法だという学者さんは
そういうことを内部に前提として持っているわけでしょうね

人間同士で共感するのではなくて
犬を測定したように人間を測定するに過ぎない

でもまあ、仕方ないんでしょうね
たとえば、野球をやって空振りばっかりしている人に
どうやったらバットに当たるのかとか
打撃の名人が教えられるわけもないでしょう
産まれた時から、バットに当てることくらいはクリアーできていたわけだから

その先のことで道を極めた人が
一般人のレベルで、どうすればボールにバットが当たるのかとか
「知らん」と言うに決まっている

シュートをホームランする方法を名人同士で教えあうなら話になるだろうけれども

ーーー
そんなふうに考えていくと
大多数の人の心が分かる人というのは
大多数の人と同じくらいの心でないといけないわけだ

試験をやってみんなが間違える所で同じに間違えるようだと
苦楽を共に出来るわけでしょう

「あ、一般の人はここで間違えるだろうな」とか考えられればまだいいんだけれども
一般人がどこで間違えるかなんて全く興味がない天才もたくさんいるんでしょうね
するともうその先はお互いに話が通じないし
話す話題もないし
利害も一致しないし
先天的に分かっているのが天才なんだから
そうでない人がどこがわからないのかなんて
原理的にわかるはずがない

一般人はそんな人を有りがたいとは思わないで
やはり自分たちの気持ちをわかってくれる人がありがいたでしょうね

体力がある人は、他人が階段を登っていて疲れるという実感がわかんないでしょう
自分のつかれるという感じと似たものでその延長にあるとは分かるけれども
それはぼんやりとして予測であって、本当の実感ではない

ーーー
しかしまあ安心できることなんだけど
ボリューム・ゾーンの人たちが実際一番多いわけなので
一番味方が多くて
多数決をやれば勝利するし
投票すれば一番になるし
世界はボリューム・ゾーンの人たちのためにできているんですね

よくある分析で
世界の富は上位5%で80%を握っているとか
学問的進歩は上位1%が99%を達成するとか
そんなものだと思うので
共感もしてもらえないし
孤独な世界だろうと推定する

ーーーーー
それにしても100年前にアインシュタインが素晴らしい成果を上げて
それ以降、ぱっとした話がないのはどうしたことなんだろう

中世暗黒期のようなものなのかな

天才もネットで時間つぶしをしているのではないか
悲しい事だ






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converter

converter
1改宗[転向]させる人.
2【冶金】 転炉.
3【原子力】 転換炉.
4【電気】 変換器.
5【ラジオ・テレビ】 周波数[チャンネル]変換器.
6【電子計算機】 変換器 《データ形式を変換する装置》.


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今日の新聞 故郷喪失

朝日新聞で
部落差別関係の本の紹介
「部落出身者は町役場を辞めさせよう」という趣旨の手紙を
自作自演で送り続けた部落出身者の話

日経新聞で木田元氏が軽い読み物
故郷喪失の話
ハイデガーのハイマート・ローストに言及

故郷喪失の時代 (1979年) 荻野 恒一 (著) 
という本がある
シゾフレニーについての本

工業化と都市化が同時進行する
農村から都市部への若年労働人口移動と産業革命
そのなかでシゾフレニーの病理が発生したのではないかとの論は数多い

ーーーーー
産まれた場所で脳のドパミン・レベルがセットされる
都市部に移住するとドパミン・レベルの再設定が必要になるが
それを柔軟にできる人とそうでない人がいる




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万能ソース

万能ソース
*マヨネーズ 大さじ2
*白味噌 大さじ1
*青ネギ小口切り 適量
*濃口醤油 小さじ1



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秋田自殺率

厚生労働省がまとめた2011年の人口動態統計(概況)で、秋田県内の自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)は32・3で、前年比0・8ポイント減とやや改善したが、17年連続で全国ワーストだったことがわかった。自殺率と並び、本県の重要課題であるがん死亡率と出生率も、それぞれ15年連続と17年連続で全国ワーストとなり、深刻な状態が続いている実態が浮き彫りになった。
■自殺率

県内の11年の自殺者は346人で、前年より12人減少。県は昨年、仙北市の「わらび座」に自殺予防を呼びかけるミュージカル製作を依頼し、県内の3市で上演。各市町村でも保健師が高齢者宅などを巡回して予防に努めた。県健康推進課は「即効性のある政策を打ち出しにくい分野。息長く続ける必要がある」としている。

一方、自殺対策に取り組む秋田市のNPO法人「蜘蛛(くも)の糸」の佐藤久男理事長(68)は「円高で製造業が打撃を受け、雇用不安が起きている。影響を受けやすい若年層の対策は急務」と指摘。08年のリーマンショック後に若年層の自殺者が2倍に増えたことから、製造業が多い県南で相談業務に力を入れているという。

県も今秋、働く世代の自殺対策について、職場での心の健康向上を目的に事業主や幹部を対象にした講習会を行うという。

■がん死亡率

がん死亡率(人口10万人当たりのがん死亡者数)は前年より0・2ポイント減の377・1。厚労省が今年3月に発表した10年の年齢調整死亡率(人口10万人当たりの死者数)でも、本県はがんによる死亡が男性205・7人、女性94・3人と、男女とも高く、がんの部位別では、男性の胃がんが41・3人で全国トップだった。

県がん対策室は、がん検診の受診率向上で全国ワーストに歯止めをかけようと、胃、大腸、肺など五つのがん検診の受診率を、10年度の10~20%台から、今年度は50%以上に引き上げる目標を掲げ、受診を呼びかけている。

■婚姻、出生率

県内で11年に結婚したのは4058組で、10年より223組減った。婚姻率(人口1000人当たりの婚姻数)は前年比0・2ポイント減の3・8で、12年連続で全国ワーストを記録。さらに出生率(同出生数)は前年と同じ6・2で、全国ワーストが続いているが、県は10年度、少子化対策局を新設したり、結婚支援センターを設置したりした。

昨年度、同センターのマッチング事業や出会いの場の情報提供などを通じて、68人が結婚し、今年度は100人を目標にしているという。同局の鈴木和朗・少子化対策推進監は「人口減は活力を失うため喫緊の課題。息長い取り組みが必要だが、ワースト脱出に向け、少しずつ光明が見えてきた」と話している。

(記事提供:読売新聞)


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指揮権を発動しようとしたが了承を得られなかった

意見に耳を傾ける

ーーーーー
今回の内閣改造で、小川法相が更迭された理由
検察の組織ぐるみによる巨大犯罪を検察が隠蔽することに対して
小川氏が阻止しようとしたからと考えられている

小川元法相は引退会見で、指揮権を発動しようとしたが
野田首相の了承を得られなかったことを暴露した。

問題は、小沢一郎氏に対して検察審査会が起訴議決をするように、
検察が組織ぐるみで、うその捜査報告書を作成して検察審査会に提出するなどの
偽計を図ったことに関する処理である。

日本の国家としての命運を左右する問題について、
検察が組織ぐるみで、巨大な陰謀工作を展開したことが明らかになっている。
これを検察当局が、まさに身内の犯罪だとして、犯罪として摘発さえしない姿勢を示している。

これに対して、小川氏が、
「検察が身内に甘い、いいかげんな形で幕引きすれば信頼回復はできない」
との視点から、
「検察が内部のことに消極的な場合に、それを積極的にさせるのが法相としての役割だ」
と考えて、指揮権発動を検討したことを明らかにした。
これを了承しなかったのは野田佳彦氏である。

検察はうその捜査報告書を作って検察審査会に提出した。
検察審査会が本当に開かれたのかどうかも判明していない。
検察審査会の起訴議決の文章と、検察が検察審査会に提出した捜査報告書の文章は、てにをはまで含めて、ほぼ一致している。
つまり、検察審査会は、検察による捜査報告に全面的に依拠して議決を行っている。

この捜査報告書に、事実無根のうその記述をした。

どのようなウソであるのかについては、石川氏が秘密録音した録音データの反訳書と捜査報告書を引き比べてみれば、はっきりとわかる。

事情聴取で石川氏が小沢氏に報告したと言っても3分程度のことで、小沢氏がその内容をどれだけ理解していたのかは定かでないことを縷々説明したのに対し、操作報告書では、検事からの言葉に心を動かされて、本当のことをしゃべってしまったという内容になっており、その内容、訴えには天地の開きがある。

まさに、検察によって「犯罪はかくして人為的につくられる」のかを明白に示す動かせない事実が判明したのである。

笠間検事総長は、このような巨悪を放置しないとの姿勢を示してきたはずだが、これが今、闇に葬られようとしている。

検察が身内の巨大犯罪を隠蔽しようとするときに、「指揮権」を発動して犯罪の摘発を強制することは、正しい「指揮権」発動だ。


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日本国債の問題

日本の貿易収支が31年ぶりの赤字になったことから、
国債への懸念が強まっている
たとえば朝日新聞の報道によれば、
三菱東京UFJ銀行が日本国債の価格が急落したときに
どう対処するかという「危機管理計画」を作ったそうだ

もちろん、貿易赤字は災害要因もあってのことで、一時的には回復するだろうが
そのうち本当に恒常的な赤字になる

経常収支赤字化は2016年あたりという意見もあり、その時日本国債が暴落し
ギリシャと似たようなことにならないかとの懸念がある

一方で株安は進行しソニーが1000円を切り、パナソニックが500円を下回る

外国人投資家は、日本株と日本国債とに関して言えば、当面日本株に投資していて、
株式における外国人保有残高は26.3%、156兆円
国際における外国人保有残高は4.5%、30兆円

この数字を見ると国債は株よりは外国人要因を小さくできているのではないかと思う

しかしこのまま財政赤字が膨らみ、国債を大量発行し続ければ、
いずれ買い手がいなくなって消化できなくなったり、
先行き財政が破綻するのではないか
という考えも自然だろうと思う

全体的に企業は設備投資には慎重、
大手企業を中心に内部留保を大量に抱えていて
国内外で設備投資をしようと思っても
金融機関から借りようなんて考えていないらしい

金融機関は、預金をどう運用するかが問題だが、
大雑把に融資か投資かに分けてみると、
国内に融資する先が見つからないという壁に今ぶち当たっている

将来の国債急落リスクが想定されても
今は日本国債に投資し続けなければならない

やはり、金融機関が投資する先として残るのは日本国債しかない
結局税金で何とかするしかない
結局何とかするのならそこに頼って、いくらでも甘えようとする人も出てくる 
 
仮に日本国債の価格が急落しても日本
国債を保有する金融機関は破綻せず最後の最後には何とかなる
と思っている 
 
最終的には、「公的資金注入」などの政府からの支援が得られることが、
潜在的に期待できる。
国債価格急落が契機で自己資本が毀損して財務状況が悪くなった金融機関は、
「公的資金注入」などの政府の救済策まで視野に入れれば、
(経営者の退陣等は余儀なくされるとしても)
経営破綻の憂き目に遭うことは極めて想定しにくい 
 
地方銀行は、地元企業が景気低迷から設備投資に慎重になっているために、
融資が思うようにいかない
一方で海外への投資は円高や債券下落、株式の価格変動リスクなどを考えると、困難
結局苦しい選択として国債に向かっている

今もっとも必要なのは、経済成長戦略なのだが
もちろん、妄想と勘違いを別にすれば、いい考えもないようだ

望ましいのは効率的な公共事業ではなく、
ケインズがいったように紙幣を埋めて失業者に掘り出させる
非生産的な公共事業である
これによって需要は増えるが供給は増えないのでGDPギャップが縮小する

非生産的な公共事業ほど、ケインズ政策の効果は高い。
これはケインズの同時代にも批判された点で、
彼自身もこれは「短期に限った議論であり、長期的には生産性の改善が重要だ」
と弁明している

賃金と地価が高い日本でどのようにして生産性を上げるのか
それも解けない難問だろう

ーーーーー
私自身は国債なんか保有していないから関係無いようなものだが
肝心の銀行が困っているらしい

よくない予想ばかりである


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現代の生活保護と奈良時代の仏教

生活保護受給の話であれこれ
不正受給とか家族が面倒を見ないのかとか

歴史を遡ると奈良時代、
仏教が6世紀初めあたりに日本に移入されて
8世紀くらいになると農業を捨てて安易に出家するものが増えてきたと記述にある
僧の場合は納税や兵役が免除されていたので堕落した僧侶が激増したと史書にある

それではいけないというので鑑真が呼ばれてきたということらしい
自分たちで改革できない癖なのかな

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主題と変奏

吉田秀和氏が亡くなって
主題と変奏ということを改めて考えた

なぜ脳は延々と繰り返される変奏を心地良いと思うのだろう
第一には、変奏は、安定なのだと思う
変化があっても、一定の範囲内であること
それは生存に心地よい
第二には、音楽は、予想と現実の一致を確認して脳が快感を感じるという
脳の基本機能を反映しているのだと思う

主題と変奏という考えをしなくても、音楽そのものを我々は繰り返して聞く
小説や随筆を繰り返してんだり
テレビドラマや映画を繰り返して見るよりも
はるかに多く音楽を繰り返して聞く

それは音楽が時間そのものだからだろうと思う
時間軸にそって脳は予想する
そして現実と照合する
音楽を繰り返して聞くほど予測の精度は高くなる

音楽は予測が現実と一致することの喜びであり
またその反転として、予測が現実と一致しないことの快感である

演奏家と聴衆はそのような予測の交換をしている
だからいい音楽ほど繰り返して聞きたくなる

ーーーーー
精神医学の世界に引きつけて言うと
人間の精神は主題と変奏である

原初、脳にはDNAによって規定されたアルゴリズムがある
そこに最初の環境が代入される
そしてそれはたいていが母親である
母親という環境に対しての反応が精神の第一層である

今度はその第一層がアルゴリズムそのものとなり
次の環境に対して反応しその結果を取り込む
それが第二層になる

次は第二層がアルゴリズムとなり、そこにまた新しい環境が代入される
そのあたりはたいていは父親とか祖母とか兄弟とか、そのあたりだろう

以下、人生は同じ
主題と変奏そのものである

核家族の問題点はそのあたりにもある
母、父、兄弟、その後の濃密な対人関係を経験しない

細かく言うと、第n層が必ず第n+1層のアルゴリズムになるわけではない
それが退行で
第n-m層が第n+1層のアルゴリズムになることがある

そのようにして分岐は複雑化してゆく

しかし原則そのようなものであり
心理学は主題と変奏である

病気になったとして、第p層が機能しなくなると
その下の第p-1層機能が現れる

症状の観察としては第p層の機能が失われていることと
第p-1層の機能が(余計な、過剰なものとして)現れていること
が観察されることになる

それを区別しながら観察すれば有益である

ーーーーー
それを解きほぐすとなれば
時間が掛かるのはやむを得ない
また多彩な場面設定で
多彩な退行状態を引き出す必要も生じる
主には偶然に頼ることになる

そのような遠い道のりよりも
精神薬理学が確実で近道である

しかしそうは言うものの精神薬理学がすべてを解決するのでもない
精神薬理学は解決のきっかけをくれる
または解決までの時間をくれる

ーーーーー
人は親を選べない
人は主題を選べない
それはすでに与えられた条件である

そして変奏もまた同様である

ーーーーー
その意味で自由意志は錯誤である
させられ体験が実は真実である
それを自由意志と錯覚するような回路が組み立てられているに過ぎない

させられ体験や幻聴は『錯覚回路の故障』である
錯覚がなくなったとき人は苦しくて、自殺さえ考える

そのようなものらしい

ーーーーー
そしてさらに大きな構図で考えると
自由意志の錯覚を喪失するような体験もまた
主題と変奏の一部である



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がんばれ浮体式洋上風力発電プロジェクト

 欧州で洋上風力発電が急成長している。欧州風力エネルギー協会(EWEA)の集計では、2011年末までの累積総出力は、約400万キロワットに達した。新規に稼働したのは、2010年に約90万キロワット、2012年に約100万キロワットと、発電出力でみると毎年、原発1基分の設備が海の上に出現していることになる。累積容量の約半分が英国、次いでデンマークが約20%。洋上風力のメッカとなった英国には、大手風力タービンメーカーの独シーメンス、デンマーク・ヴェスタス、スペイン・ガメサなどが相次いで工場を建設している。英国は、今後さらに3200万キロワットの導入計画を発表しており、それが投資を呼び込んでいる。

産業の裾野広い洋上風力発電

 英国以外の主要国も洋上風力の大規模な導入計画を続々と発表し始めた。2020年までの計画を見ると、ドイツが900万キロワット、フランスとオランダが各600万キロワット、スペインが300万キロワット、ベルギーが280万キロワットなど、北海沿岸を中心に3000万キロワットが計画されている。また、米国でもすでに500万キロワットの計画申請があり、米エネルギー省(DOE)は2020年までに1000万キロワットの設置を予想している。実は、中国ではすでに10万キロワットの洋上風力が稼働しており、2020年までに3000万キロワットの導入目標を掲げている。

 陸上の風力発電設備の製造に必要な部品点数は、約2万点と言われる。これは、ガソリン自動車の約3万点、電気自動車(EV)の約1万点に匹敵する。洋上になれば、さらに部品点数は増える。各国政府が洋上風力に力を入れるのは、風力や太陽光発電の陸上での立地に限界が見え始めたなか、残された再生可能エネルギーのフロンティアとしての期待とともに、部品や素材など、裾野に幅広い産業を生み出すことを期待している。

 日本は、こうした世界の動きから一人、取り残されていた。だが、ここにきて、一気に先頭に踊り出る可能性が出てきた。

 福島県の沖合約20キロメートルの太平洋上に、2013年以降、巨大な風力発電設備が次々とお目見えする。東日本大震災で事故のあった東京電力福島第一原子力発電所からも30キロメートルほどの距離になる。まず、2013年に2000キロワット、2014年に7000キロワット、2015年には数千キロワットクラスの風車を順次、設置する計画だ。総事業費は188億円。東日本大震災復興関連の2011年度第3次補正予算で開始が決まった「浮体洋上ウインドファーム実証研究事業」だ。

世界最大の洋上風力発電を福島県沖に

 「浮体洋上ウインドファーム」とは、海の上に多数の巨大な風力発電設備を浮かせて発電し、海底ケーブルで陸上に電力を送る大規模風力発電所だ。海上に設置する洋上風力発電では、英国とデンマークで設置が始まっているが、いずれも海底に基礎を据える「着床式」。欧州で着床式が普及しているのは、水深20メートル前後の遠浅の海域が広いため。コスト的に着床式で設置可能なのは、水深40メートルまでといわれ、それより深い場合は、船や浮きのような構造物の上に風車を載せる「浮体式」の方がコスト的に有利とされる。

 ただ、浮体式は、数年前からイタリアやノルウエー、ポルトガルで1000~2300キロワット機の実証実験が始まったところで、まだ研究段階だ。福島沖20キロメートルの水深は、100メートル前後にもなるため、計画立案の当初から着床式という選択肢はなく、浮体式に挑戦することになった。

 福島沖の実証事業は、7000キロワットという世界最大の風力発電設備を次世代技術である浮体式で設置する世界初の試みになる。羽根(ブレード)の回転で描く円の直径は165メートルに達し、定格出力が出れば、数千世帯の電気を賄える。成功すれば、洋上風力の先端技術の実証で、日本が欧州を抜き、一気に世界をリードすることになる。加えて、経済性を確保できれば、この海域に大規模なウインドファーム(大規模風力発電所)を事業化する構想もある。

 福島沖の実証事業を統括するのは、海外の発電事業で豊富な実績のある丸紅。そして、メーカーには、大型風力と造船の両技術を持つ三菱重工業のほか、日立製作所、新日本製鉄、アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド、古河電気工業、三井造船、清水建設など、日本の重工業や素材産業を代表する企業が名を連ねる。まさにオールジャパン体制だ。

 実は、丸紅と三菱重工は、すでに欧州の洋上風力発電事業に積極的に参画している。

 丸紅は昨年11月、日本企業として初めて英国沖の洋上風力発電事業に出資した。今年3月には英国の洋上風力発電設備据付会社、シージャックス社を買収した。丸紅の山本毅嗣・海外電力プロジェクト第一部新規事業チーム長は、「洋上風力設備の設置でボトルネックになっているのは、洋上で設備を据え付ける特殊船が少ないこと。シージャックス社は特殊船を複数所有し、海上での据え付け技術が高い」と話す。同社は、「今後、欧州で蓄積したノウハウを、洋上風力の導入が見込まれる北米や日本、アジアで生かし、洋上風力事業を世界的に展開する」(山本チーム長)計画だ。福島沖の実証事業はその第一歩になる。

洋上ならではの大型設備に日本の技術を結集

 三菱重工業は、英電力会社の協力を得て、洋上向け7000キロワットの大型風力発電設備を開発中で、英国沖洋上風力発電事業への設備納入を目指している。風力発電はブレード(羽根)を長くして出力を増やすほど、1キロワット当たりの発電コストが安くなる。陸上風力ではブレード運搬の都合から、2000キロワットが限界だが、船で運べる洋上ではさらなる大型化が可能になる。シーメンスやヴェスタス、アルストムなど風力発電設備大手は、6000~7000キロワットの洋上向け大型風力発電設備の開発を急いでいる。

 ただ、ここまで大きくなるとブレードの回転を速めて発電機に伝えるギア(増速機)の耐久性に課題が出てくる。永久磁石同期発電機を使うとギアは不要になるが、磁石にレアアースを多用するためコストが上がる。三菱重工はブレードの回転力を油圧で発電機に伝える油圧式洋上風車の商品化を目指している。油圧式ならギアは不要で、通常の誘導発電機が使えるのでコストが下がり、将来的には1万キロワットの大型風車も可能になる。この技術は、英ベンチャーのアルテミス社が開発し、特許を持っていた。

 三菱重工は2010年12月に同ベンチャーを約20億円で買収し、独自技術として手に入れた。今年8月にはこの油圧伝達技術を導入した2400キロワット機を横浜の自社工場内に稼働させ、来年には70000キロワット機を英国の海岸辺に着床式で設置、実証運転する計画だ。そして、いよいよ2014年にはその成果も踏まえ、福島沖に浮体式の7000キロワット機を設置する。

 油圧式風車になると、部品点数はさらに増える。風車の回転を油圧に変える仕組みはこうだ。風車回転軸の円周上に波型の凹凸が付いており、その周りに1個20キログラム程度の油圧ポンプユニットが配してある。風車が回ると、軸の凹凸部分も回転し、凸になると、ポンプのピストンが押され、油の圧力を上げる。円周上に並んだ100個以上のポンプが連続的にこうした動きを繰り返すことで、油圧が上る。発電機を回すモーター側では、これと逆の原理で油圧を回転運動に変換する。精緻なメカニカルのため、設計・製造の過程で、サプライヤーとの綿密な“刷り合わせ”が必要だ。日本のものづくりの得意分野だ。

 もともと経済産業省は、まず今年から千葉県銚子沖で着床式2400キロワット機を実証し、5年後ぐらい先に浮体式の実証事業を想定していた。環境省は来年から長崎県五島市沖に2000キロワット機を浮体式で設置する実証事業を進めているが、商品として競争力のある6000~7000キロワット機を設置する計画はなかった。震災の復興予算によって、浮体式7000キロワット機での洋上風力の実証が数年早まることになった。三菱重工と丸紅が、欧州企業を買収し、積極的に洋上風力のノウハウを蓄積していたことが、この前倒しを可能にした。

波と塩分が敵、カギを握る素材技術

 ただ、三菱重工の大型風力発電機の技術と丸紅の洋上風力の施行・運営に関する経験だけでは、浮体洋上ウインドファームは、完成しない。カギを握るのは、素材技術だ。

 浮体洋上風力は、常に塩分を大量に含んだ潮風にさらされる上、繰り返し波に揺られて、躯体全体に応力がかかる。高い耐腐食性と、金属疲労を十分に考慮した素材や躯体設計が求められる。新日本製鉄は、福島沖のプロジェクトを機に、洋上風力発電用の高張力鋼板(ハイテン)を開発して浮体部に採用し、実証する計画だ。

 ハイテン鋼は軽量で強度が高いため、低燃費車への採用が進んでいる。洋上風力の浮体も軽くて強い材料が求められる。自動車産業とともに培ってきた技術が応用できるわけだ。また、波に洗われ最も腐食が懸念される部位には、表面を防食処理できるステンレス薄板材料を採用する。

 浮体風力は、海に浮かんでいるとはいえ、風や海流で流されないように海底地盤と係留チェーンでつながっている。海中用のチェーンとしては、船舶用チェーンがある。だが、浮体風力用は、船舶用よりも使用条件が厳しいため、さらに高い耐久性が必要になる。新日鉄は、グループ企業などと共同開発する計画だ。

 風力で発電した電力を陸に送るケーブルも、浮かんでいる風車と海底との間でつながっている。一般的な海底ケーブルと異なり、海流を受けつつ、浮遊する風力設備に引っ張られて海中を漂う。古河電気工業は、こうした厳しい環境下でも耐えるケーブルを開発する計画で、福島沖で実証することにしている。

 日本の自動車産業が強いのは、ハイテン鋼に代表される高度な素材技術、そして数万点に及ぶ部品の設計と製造をサプライヤーとともに綿密に打ち合わせつつ、高い精度で組み上げていく“刷り合わせ”にあると言われる。浮体風力には、この両方の技術、ノウハウが必要とされる。洋上風力に取り残された日本だが、福島沖のプロジェクトを機に一発大逆転できる可能性も大きい。

ーーーーー
難しい問題がいっぱいありそうだけれども、総合力が生きる分野でもあると思う
羽根(ブレード)の回転で描く円の直径は165メートル
7000キロワット
というのは具体的な感覚として想像しにくいけれどもすばらしいものだ

空中に常に浮遊していて偏西風を受けたり台風を受けたりして激しく回転する
なんていうようになるともっと素晴らしい

また、雲に遮られる前に太陽光を電力に変換してしまえばいい

地球の自転エネルギーとか公転エネルギーを使うこともできるのかもしれない

ーーーーー
なんて言いつつ、データをCDROMに焼いたりしていたのだが
考えてみれば素晴らしい技術がここ数十年の間に一般の我々にも使用可能な程度になっている

こんなにもすごい技術を持つ人間が
何を目指して、どんな夢をいだいて、生きているの?



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豊かな情報と貧しい判断

情報が豊かな状態で、
しかもネットなどで個人間での情報量にあまり差がない状態で、
それでも情報操作されてしまう情報弱者の場合、
誰か『保護者』が必要なのだろうか、
そのあたりの難しさはある。

自己責任でしょうといえば、そういう面もあるが、
そう言ってはかわいそうな面もないではない。

診察場面ならば、どの情報に接してどう解釈したかを
細かく分析することができて、解釈の次元での問題を話し合うことができる

しかしマスになると、
そのような個別の解釈の仕方の問題を取り上げることは難しく
だいたいが情報発信側の情報操作の仕方を問題にする

実際には分かる人にはすぐに分かるのだし
わからない人にはわからない人なりの理由があるのだ






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SMTPとPOPなどの分かりやすい図

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新しいピアノ

ピアノ演奏は手が大きくて指が長いほうが
打鍵の範囲が広くて有利だけれど
こんなハイテクの時代なのだから
ピアノの鍵盤部分だけ「マイ鍵盤」で
ピアノ本体にそれをセットすれば演奏できるという具合に
出来ればいいのにと思う

電子化すればもちろんできるが
そうではなくて、伝統的なピアノとして
それができてもいい
時計でも、こんな時代の機械仕掛けの時計は味わいがあるようだ

自分の指に合わせて鍵盤のサイズを調整し、
重さとかその他の要素も自分用に微調整する

ーーー
まあ、これだけでは無理だろうけれども
この方向でなにか考えられたらいいのにと思う

 



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新民法と新家族

指摘に耳を傾ける

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ベンジャミン・M.フリードマン著『経済成長とモラル』東洋経済新報社です。前回の私の回答でも触れましたが、この書は、経済成長と人々が感じる豊かさの関係について、経済学の立場から書かれた名著といえると思います。

この書では、経済成長がといっても、単に経済成長率さえ高ければよいのではなく、
生活水準の向上を多くの人々が広く共有できるようになることが重要であると気づか
されます。

特に、人々が生活水準の向上をどのように認識するかについても、優れた指摘があり
ます。要すれば、人は2つの基準で比較することを通じて認識するとし、現在の自分
と過去の自分、現在の自分と現在の他人の比較で、どちらかの基準で現在の自分の方
がうまくいっていると感じると、他の基準でうまくいっている人と比較する必要性が低
下する、と指摘しています。この指摘に基づけば、高度成長期は、確かに今よりも所
得水準は低かったとはいえ、現在の自分と過去の自分を比較して、生活水準の向上を
認識していたのでしょう。その上、他の基準での比較、つまり現在の自分と現在の他
人の比較の必要性が低下するので、他人に対してより寛容となれる状況が、高度成長
期にもあったのでしょう。

これに対して、経済が停滞すると、現在の自分と過去の自分の比較からは生活水準の
向上を認識できないので、もう1つの比較、つまり自分と比較しやすい他人に比べて
よい生活をすることへの執着が強まり、他人に対し不寛容になる傾向があるとも指摘
しています。成長している社会とそうでない社会を対比すると、所得と生活水準が長
く停滞すれば、経済的な向上感を失い、進歩がしばらくすると再開されるだろうとい
う信頼感をも喪失してしまいます。そして、他人に対しても不寛容となり、政治にお
ける論争の礼節が失われる、と指摘しています。

目下の日本経済を見ると、他人に対する不寛容が顕著になっているように思います。
今の自らの苦境は、政府(政治家や官僚)のせいだとか、日本銀行(総裁)のせいだ
とか、経営者のせいだとか、他人の無能ぶりに矛先が向いている傾向があるように感
じます。自らの現在と過去を比較して生活水準の向上を認識できないことから、他人
との比較に目が向きすぎて、それでもなお生活水準の向上が認識できないという、悪
循環に目下陥ってしまっているのでしょう。

この悪循環から抜け出すには、政府の政策も改善が必要ですが、まずは自らの生活向
上を自らの力で図る取り組みが必要だと考えます。もちろん、それには限界があると
いえども、他人が自分の生活水準を向上してくれるわけでなく、生活向上に向けた自
らの日々の意味ある努力(無意味な努力をいくら重ねても無駄)がいつか実を結ぶと
信じて始めるしかないと思います。

ーーーーー
なるほど。別の本で、江戸時代などは生まれてから死ぬまで
変わらない景色の範囲で生きていたのだと書いていた。

そのような安定した環境では、子供の頃に学んだ体験が後々まで生きることになる。
後々まで正しいのである。

現在は景色も、人間評価の基準も、幸福の基準も、どんどん変化しているように見える。
医学で扱うレベルの人間は多分あまり変わっていない。
変わっているのは環境だろう。
だから、子供の頃に学んだ環境は、後々役に立たないかもしれないが、
子供の頃に学んだ人間の本質は、後々役に立つかもしれないのである

しかしそのように一段次元を上げて認識することはなかなか難しくて
認知療法で取り組むメタ認知課題ではあるが
誰でも簡単に学べることでもない
そうなると、粗雑な簡単バージョンが登場して
話が混乱してしまう

一方で江戸時代は、身分制度なども一定不変、
農耕に際しては、横並びの原則を押し付けられたものだろう
反抗すれば村八分

それよりは変化したほうがいいのかもしれないが
変化にはまたきつい代償が伴うということになる

江戸時代が終わって西洋文明を吸収する明治時代
よく分からないが大正ロマンの時代
そして戦争、敗戦、高度経済成長、バブル、その後の停滞、と続く
昭和から平成
この景色の変わり様は何ということだろうと思う

もう一つは人間の接する情報が格段に広くなったことで
世界中で言えば必ずどこかで悲惨な新記録の一つも発生していそうである

ーーーーー
昔よりは豊かな社会になって少しは幸せになっているのに
どうして自殺者が多いのだろうということはよく話題になる
一年で3万人が10年以上続いている

『お父さん、睡眠不足はうつ病の始まりかもしれないよ』と娘にささやいてもらう

死んで清算するしかないという脳回路は案外深いレベルに埋め込まれているらしい

ーーーーー
その昔、三井信託は三井家の財産管理のために創設された。
昭和10年くらいの記録だとその日一日で三井信託本店を訪れた人は5人
伯爵家のお使いとか、宮家の侍従とかが来ていたと記録にあるらしい
そしてその人達のお金を満州鉄道などに投資していた
そんなのんびりした商売

ところが終戦で満鉄の債権は紙くずになり
信託は実質倒産、しかし政治的配慮で信託銀行と名前を変えて再スタート

その時、GHQのもとで新民法になり、長子相続が廃止され、
兄弟平等相続になったので、
三井信託銀行では兄弟間の血みどろの遺産相続抗争劇にお付き合いすることになったものだそうだ
それで普通の会社並みに忙しくなった

新民法が家族の絆を壊したのだと
その人は話していたが
どこまで正確な話かはよく分からない

ーーーーー
この話なども、長子相続だと次男は嫌な気分だろうと思うか、
いや、長子こそ嫌な役回りだと思うか、
平等相続が家を壊したのだと思うか、
いや、平等相続は一歩前進だと思うか、
そこにまた女性の相続権も絡み、妻の権利も関係し、
現実の人間の関係や幸せを
法律がどんなに変えたかを示す
いい例だと言っていた

ーーーーー
家への一体化を剥奪されて学校と会社への一体化が促進されたのだろう

しかしいま、アルツハイマーにならないで老後を過ごす方法を考えると、
遺伝子を共有している親戚たちがどのような生活をしていてどうなったかを
よく観察することが第一である

遺伝子が違う他人の長生き話よりも
遺伝子を共有する人間の実際の話が
自分の今後には格段に役に立つはずだ

ーーーーー
民法の我妻先生が新民法草案の時期に
東大の学生に長子相続を廃止すれば家族はどうなるだろうかと
話したりしていたらしい




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増税の前に

ギリシャ問題についてドイツの一部では
自分のことは自分で解決してほしい
ドイツ人の支払った税金でギリシャの
これまでの怠慢の決着をつけるのはおかしいだろう
自分たちで出来ないなら
ユーロから脱退して欲しい
との意見が聞こえる

西ドイツは東ドイツと統一ドイツになって散々苦労して
次にはギリシャか、という面はあるものの、
ドイツの製品を買ってくれる人が欲しくてギリシャなんかを誘い込んだことも確かで
お金がないなら貸してあげるよといって
ドイツ製品を売付けている面もないではないので
ギリシャは自分のことは自分で始末をつけろというのも
半分しか当たっていない
(しかしまあ、借金をしたのも、自分で決めたことだろうし、
使ったのも自分だろうから、ギリシャが立派なわけではない)

これは共同体としての一体感の問題で
日本にしても、
東京の人々の税金で地方の人々の暮らしを支えるのはいかがなものかと言い
また一方では、東京の人々の暮らしは深く地方に依存しているのだとの意見もある

どの人も地方には親戚も知り合いも居るだろうし
米軍基地とか原発とか水源とかお世話になっていることもある

どこまで自分たちの一部かという問題は
たとえばアフリカの飢えた子供たちの命はどうなるのかという問題とも通じる
きりがないことを言っていても良くないが
割り切れることでもないだろう

移動通信集団や教育の進歩で遠い他人が他人でなくなりつつあるだろう
すぐ戦争をするという発想も少なくなってほしいものだ

ーーーーー
円高、ドル安、ユーロ安でいろいろな報道がある
しかしマーケットは一致して、今は円に避難しておこうと考えているようだ
一ドル78円
一ユーロ97円


消費税増税論者は言う。
もう待ったなしだ、一千兆円を超える借金はいくらなんでも限度を超えている。
このままいたら、円安、金利上昇の局面が来て、危機的だ。
今のうちに対処が必要だ。
体力があるうちにやらないと手遅れだ。

一方の増税反対論者は言う。
その前に、じゃぶじゃぶ税金を使ってきた悪習を改めるべきだという
支出を抑制する方法はまだまだあるという
確かに、年金機構の関係で明らかになった投資会社とか
東電の天下り体質とか、東電の値上げの話など
見せられてしまうと、たしかに増税の前にやることがあるだろうなとは思う 

ーーーーー
原発でも年金でも国民に知らされていないことがなんと多いことだろう
そして、知らせないほうがいいのだ、という声もまた、
確かに理由にはなっているのでややこしいと思う



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