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新型うつ病について

採録

 会社に行けないが自宅では趣味に没頭─。そんな若年者の抑うつが「新型うつ」と呼ばれてマスコミで話題だ。しかし、うつ病学会は「新型うつという診断名はない」と、適切な診断に基づく治療の重要性を説く。

 「『現代型(新型)うつ』は、マスコミ用語であり、精神医学的に深く考察されたものではなく、治療のエビデンスもないので、(ガイドラインでは)取り上げていない」。日本うつ病学会は、今年7月に発表した大うつ病性障害の治療ガイドラインの序文で、「新型うつ」に対するこのような見解を示した。

 新型うつは、「現代型うつ」などとも呼ばれ、社会問題として報道されることが最近多い。若年者に発症しやすく、抑うつに加えて無気力で、他人が悪く自分は悪くないという自己愛が強く、仕事への情熱も薄いというのが典型像。軽症に見えるが慢性化しやすいといわれる。

 ガイドライン作成委員会の委員長を務めた防衛医大病院長の野村総一郎氏は、「序文の見解は、新型うつという学問的な診断名はないという意味だ。うつ病の診断基準に当てはめてきちんと診断する必要がある」と説明する。新型うつと呼ばれる患者の中には、うつ病の診断基準に当てはまる患者もいるが、その他に軽度の抑うつ状態や、明らかなストレス因子で発症する適応障害の患者も含まれるとみられている。

変わるうつ病の典型像
 「新型うつ」という診断名はないとしながらも、日本におけるうつ病患者の典型像が変わってきたと考える専門家は多い。野村氏は、「勤勉で働き者、組織への帰属意識が高いという日本人像は、バブル崩壊後に変わった。基盤にある日本人像が変われば、うつ病患者の典型的な病像が変わるのも当たり前」と語る。

 国立病院機構肥前精神医療センター臨床研究部長の黒木俊秀氏は「日本では従来、うつ病は働く男性に多い過労の病として、ストレス過度で疲労困憊した後に生じるものと考えられていた(症例1)。しかし、それは日本独特なもの」と指摘する。

症例1 日本の典型例 働く男性の過労の病

48歳男性、公務員
 もともと責任感が強く、勤勉な性格だった。温厚で、面倒見の良い上司として部下からも慕われていた。昇進後、中間管理職として上司と部下の板挟みとなり、心理的ストレスが増えた。昇進から半年ほどすると、早朝覚醒、熟眠感欠如、食欲低下、倦怠感が出現。出勤がおっくうになり、欠勤が増えた。異動を希望したが、慰留された。最近急激に痩せたので内科に1週間検査入院したが、身体的な異常は認められなかった。退院後も、仕事に対する意欲が湧かず、自責的となり、涙ぐんだりふさぎ込むようになったため、同僚が心配して精神科外来を受診させた。

 社会文化的な背景が異なる北米では、うつ病は主に女性の喪失と悲しみの病と見なされ、非定型的なうつ病(症例2)も、以前からうつ病の典型像の一つと説明する。

症例2 北米の典型例 報われぬ女性の喪失の病

28歳女性、会社員
 妻子ある男性と交際していたが、別れ話をきっかけにリストカットに及んだ。その後、たびたび過呼吸発作や過食衝動が出現。出勤がおっくうになり、早退や欠勤が増加。身体が鉛のように重たくなり、一日中、自宅で寝て過ごすようになった。不安焦燥感が強く、一人で過ごせない。友人に誘われると遊びには出掛けていた。3カ月間休職したところ、徐々に気分が良くなり職場復帰したが、自分の能力に見合う仕事を与えられないと上司に強く不満を訴えた。再び抑うつ感が強まり、過眠・過食が再発。元の交際相手に連絡したが、拒絶されたことをきっかけに過量服薬したため、精神科病棟に入院。

 実際、精神科を受診する患者は多様化している。農村部にある肥前精神医療センターですら、外来患者がこの30年で4倍に増加した。増加分の多くを比較的軽症の患者が占める(図1)。「精神科受診の敷居が下がったことで、以前は医療の対象とならなかったかもしれない比較的軽症の抑うつ・不安状態の患者も診療の対象となってきた」と黒木氏。


図1 肥前精神医療センター外来の1日平均患者数の年次推移
過去30年間に精神科外来患者が約4倍に増えた。典型的なうつ病や神経症性障害・ストレス関連障害(不安障害)以外にも比較的軽度のストレス関連障害が増えている。

 さらに米精神医学会の精神疾患の診断基準(現在はDSM-IV-TR)が日本に普及したことで、様々な原因から生じる抑うつがうつ病と診断されるようになり、診療現場を混乱させる一因となっている。30年前は日本ではうつ病と診断されなかった神経症的な抑うつも、DSM-IV-TRではうつ病と定義される。

 典型像の変化や定義の広がりでうつ病患者が多様化した結果、うつ病との境界が曖昧な患者までもがひとくくりにされ、「新型うつ」と呼ばれているのが実態といえそうだ。

生活にメリハリ付ける指導を
 「新型うつを巡る社会的混乱の背景には、多様化した抑うつ・うつ病患者に対して、休養と薬物療法という旧態依然とした対応しかできなかった精神医療への批判があるのかもしれない」と黒木氏。産業構造や環境の変化に伴い、患者の背景が複雑化した後も、そのことを認識せず対応できなかったことを精神科医の一人として残念に思うと言う。「例えば、うつ病の社員はゆっくり回復してから職場復帰すればよいという余裕がある会社は、現在ほとんどない」と話す。

 獨協医大越谷病院こころの診療科教授の井原裕氏は、過労による抑うつをうつ病のモデルと見なし、患者にストレス回避を推奨する現状に疑問を呈する。「過労から生じるうつ病がある一方で、生活が不活発なことから生じる抑うつ・うつ病も存在する」。その上で井原氏は、「生活リズムを聞けば、生活が不活発な患者を見つけることができる。このような患者には、生活にメリハリを付けるように指導することが重要だ」と言う。加えて、適度なストレスは人間が生き生きと生活するために不可欠なものであり、ストレスと休養のバランスを保つことが欠かせないと強調する。

 うつ病に有効な認知行動療法の一つとしても、生活リズムを見直し活力を取り戻させる「行動活性化療法」が注目されている。国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター長の大野裕氏は、「うつ病は単一疾患ではなく症候群である。行動活性化療法は、どのようなタイプのうつ病にも役に立つと考えられる」と言う。行動活性化療法とは、日常生活の中で気持ちが楽になる行動を増やしていくこと。「散歩や音楽など何でもよいので、少しでも楽しめたり、やりがいを感じられる行動があれば、それを増やしていく。そうすることで気分が晴れるようになる」と大野氏は語る。

 非定型的なうつ病の診断は専門医にとっても難易度が高く、抗うつ薬も効きにくいため、治療に難渋することが多いといわれる。難治化例では、何らかの身体疾患や他の精神疾患の併存の可能性を再度、検討する必要もある。多様化した抑うつ・うつ病患者に対する新たな対応の検討が求められる。




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